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「二・二六事件」の教訓

「あけぼの」2005年5月号より) 酒井 新二


私がこの文を書いているのは69年前の「二・二六事件」の日である。私は当時九段の曉星中学の一年生、期末試験の日だった。校門は閉ざされ試験は中止。学友と2人で前夜から30cmも積もった雪の“無人街”を半蔵門まで歩いていった。そこで“剣つき鉄砲”を持ち完全武装した兵(いわゆる“反乱軍”兵士)に怒鳴りつけられ追い返された。昭和初期の“狂瀾怒涛(きょうらんどとう)”時代の歴史的事件の朝だった。

「二・二六事件」は日本の軍国主義化と太平洋戦争への本格的ターニングポイントであり、昭和天皇自ら“鎮圧”に乗り出さざるを得なかった日本近代史上“空前絶後”のクーデター事件だった。しかしその「二・二六事件」も現代の日本人の記憶からは風化してしまっている。いま「憲法改正」が現実の問題となり「第9条問題」が国民の関心を呼び始めているが、この問題の核心は“軍”の本質をどうとらえるかということである。

現憲法下の自衛隊と明治憲法下の「天皇の軍」とは、本質的に異なる存在であることを明確に認識しなければならない。


「二・二六事件」の本質

「二・二六事件」の本質は「大正デモクラシー」に“国家の危機”を感じた青年将校たちが“天皇直属の軍”を作り上げ“天皇親政”を実現して政治改革(昭和維新)を断行しようとしたところにある。これに対しいわゆる「幕僚」といわれた佐官級幹部の考えは“合法的”に軍部(統師部)の政治支配を実現することによって内閣・議会を抑えようとするものであった。この「青年将校」と「幕僚」の対立の上に「統制派」(東条英機ら)と「皇道派」(真崎甚三郎ら)と称する将官たちの2グループが争った政治闘争でもあった。それらの動きに共通する考えは「デモクラシーは政治と国家を腐敗させるものであり、それに代わるものは“天皇親政”以外にない」というイデオロギーであった。しかし昭和天皇は「青年将校」たちの期待に反し、その行動に明確に反対の姿勢を示した。「青年将校」らによるクーデターは「幕僚」(統制派)によって鎮圧され、「青年将校」とその思想的指導者とされた北一輝(いっき)や西田税(みつぎ)らは処刑され、「皇道派」の将官たちも一掃された。その結果東条英機らを中心とする陸軍“統制派”の政治支配が実現したのである。

“統制派”の思想は実質的にはいわゆる“天皇機関説”–––天皇は国家の機関であり「君臨すれども統治せず」という原理–––に立ち“天皇の権威”と“政府・議会”の両者を使い分けて日本支配を進めたのである。しかし“軍の政治支配”は戦争への道であった。そして敗戦によってようやく“軍の支配”は終わりを告げたのである。


「明治憲法」との本質的違い

現憲法と明治憲法とは本質的に異なるものである。「主権者」は「国民」であり「天皇」ではない。明治憲法の「天皇」と現憲法の「象徴天皇」とは本質的に異なるのである。同様に現憲法下の「自衛隊」と明治憲法下の「軍」とは本質的に異なるものであることを認識しなければならない。現憲法下では「集団的自衛権」の行使が認められないとされることが端的にそれを示している。今改憲論者が「自衛隊」を「自衛軍」と改めようとしているのも「自衛隊」を旧「軍」と同じ性格に改めようとする意図がこめられているのである。しかし現実問題として憲法改正自体は改憲論者自身も認めているように、そう容易なものではない。したがって改憲派は前にも指摘したように反憲法的立法(武力攻撃事態法、周辺事態法など)を重ねて「自衛隊」の旧「軍」化に努めてきた。それと同時に「日米安保条約」を条約改正によらず「日米軍事同盟」に実質的に改変しょうとしてきたのである。

最近では弾道ミサイル防衛システムの手続きを簡素化するための「自衛隊法改正」を準備している。「突発的攻撃に対するため」と称してあらかじめ「緊急対処要領」を定め、その内容は法律ではなく政令にゆだねている。首相の承認や防衛庁長官の命令がなくても、現場指導官が迎撃を実行できる可能性を持たせた。アメリカでさえ最後の決断は「大統領」の決定に委ねられているものが、日本では事実上「現場の指揮官」に一任され、国会へは事後承認ですませるという驚くべきかたちができつつある。

さらに自衛隊の「海外活動」を「国土防衛」と並んで自衛隊の「本来任務」に格上げする自衛隊法の改正も考えられている。自衛隊のイラク派遣はそのテストケースだが、自衛隊の多国籍軍参加など海外派遣についての「一般法」を制定する考えも根強い。その他にも弾道ミサイル発射手続きの簡素化や「陸海空」三自衛隊の「統合幕僚組織」の創設も検討されている。

このような従来の「自衛隊」の枠組みを超える相つぐ措置は制服組の中に本格的軍への復活を期待する強い願望があり、保守政治勢力の中にそれを強力に支持する力が存在することを示している。


米アジア戦略に代わるもの

「二・二六事件」の青年将校たちの行動を支えた“天皇神格化”思想は今存在しようもない。それに代わって今自衛隊の“軍”への変質を後押ししているのは日米安保体制下の「米軍部」であり、その「アジア戦略」である。今自衛隊は米軍との“一体化”によって「自衛隊」から本格的「軍」への転化を実現しようとしている。それは“平和憲法”の象徴としての「第9条」からの脱出である。世界に冠たる日本の憲法を単なる観念的理想から現実的平和戦略に育てる努力を怠り、ひたすら米国の軍事力と戦略に依存してきた“日本政治”の不毛と怠惰の結果であるといわなければならない。

現在日本の外交が軍事に追随しているかたちを逆転させねばならない。それは現在の日本の政治、経済、外交、軍事のあらゆる面で過剰な対米依存を改めるということである。それは日米の対立、対決を意味するのではない。現在のアメリカの軍事優先戦略を改めるよう説得し、東アジア諸国との連帯による「東アジア安全保障体制」構築に向かって積極的な外交努力を集中することである。それ以外に日本が東アジアにおいて平和と繁栄に貢献する道は存在しない。そのとき「憲法前文」の平和理念と「第9条」の存在こそ極めて積極的な意味を持つのである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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