home「時」の歩み>マリア助産院

「時」の歩み

バックナンバー

マリア助産院

「あけぼの」2005年10月号より) 新谷のり子


「優しく温かい」存在に

今年5月、東京杉並区に、母乳育児相談室「マリア助産院」が誕生しました。立ち上げたのは久保伊都子さん。開業時、「マリア助産院」の名称について質問された伊都子さんは、保健所に提出した書類にこのように記しました。

「私自身の洗礼名がマリアであること。また、海外で長く生活していた中で、出会ったイタリア人、ポーランド人、アフリカ人の友人たちにもマリアという名前を持つ女性が数多くいます。実際、マリアもしくはメリーという名前は宗教に関係なく、全世界の女性たちの中で最も多い名前の一つであります。かつて出会った素晴らしい友人たちの名前を使用することは、仕事をしていくうえで、私にとって大きな精神的支えとなります。そしてまた、様々な社会的事件の背景に、歪んだ母子関係、母親から十分に愛されなかったという事実が見られるものがあります。マリアという『優しく、慈悲に富み、温かい』という一般的なイメージから、この助産院を訪れるお母様一人ひとりが、我が子に対してそのような存在であって欲しいと願ってやみません。また私自身も、様々な悩みや困難を抱えてこの助産院を訪れるお母様一人ひとりにとって、『優しく温かい』存在でありたいと望んでいます。そのような理由から、この名称に決めました」

文面から溢れる愛に感動しました。「私の開業は、私が日々出会う若いお母さんたちや、赤ちゃんのため。だから、主はすべてを祝福し、私を使ってくださると信じている。開業は大変だけど、学びも大きいと思う」と。

彼女は、看護師をしていた1980年代後半、ボランティアとしてタイの難民キャンプで働いていたとき、貧困の極みの中で母乳に悩みながら懸命に子育てをしている女性たちの現実にふれ、助産師として生きることに使命を感じたそうです。ある時期、家族、仕事などすべてを失った空っぽの自分と向き合い、「私を粉々に打ち砕くことが、神にとっての愛」と気づいたと言います。少女のころ、敬愛するシスターに導かれ、「ロザリオの祈り」を通してイエスと出逢い。常に神に賛美と感謝をささげながら生きる彼女の姿。そのもとを訪れる若い母親たちは、孤独と緊張から解放され、育児への自信と笑顔を取り戻していきます。

伊都子さんが、身をもって示してくれた祈り「母マリア我らのために祈りたまえ」。心がざわめくとき、漠然とした不安が全身を包み込み、捕らえどころのない焦燥に駆られるときなど、よくこの言葉を口にしていることに気づかされます。幾度も繰り返すうちに、心に平穏が戻る……そんな体験が日常茶飯事となっています。不安定な私を理解し、抱擁してくれるかのような安堵感を覚えます。私にとってマリアへの祈りは、いつのころからか無くてはならない母親のような役割を担ってくれているようです。


「母マリア」のように

マリアについて思索してみたいと考えていたとき、6月19日付のカトリック新聞に掲載されていたシェリー・ブレアさんの写真と記事に目が止まりました。夫である英国ブレア首相の腕を抱き、口を真一文字に結んでいる写真。

ブレア首相は現在、非常に困難な舵取りを余儀なくされています。イラク問題で、国民からの信頼は大きく失墜しました。7月6日~8日まで開催されたグレンイーグルズ・サミットで、アフリカの貧困対策をテーマにアフリカ支援を強く打ち出し、外交によって国民の信頼の回復を願っていたと思います。しかし、7月7日ロンドンで同時爆破テロが起きました。テロの背景に「イスラム系差別」があり、特に2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、英国内の大多数のイスラム教徒は、「信仰によって差別されている」と感じているとの報道もありました。

英国では1968年から約30年間、英国からの独立を訴えるアイルランド共和軍(IRA、カトリック系)とロイヤリスト(プロテスタント系)との間で、爆弾テロなど激しい暴力の応酬の時代がありました。1984年、両者は和平に合意し停戦が実現しました。しかし、IRAは武装闘争方針を放棄せず、武装解除にも応じませんでした。が、この7月28日、武装放棄を宣言したとのニュースに永遠の和平実現を祈りました。

3,000人以上の犠牲者を出していた北アイルランド紛争。IRAの生まれた背景にも、英国社会に残存するカトリック教徒に対する「軽視、差別」、そして貧困があったと私は考えています。

他民族、多文化国家に生き、自他共に認められているフェミニスト(女性の地位向上を望む立場)のシェリーさんの発言は、とても興味深いものとして読みました。自らのカトリック信仰を語っています。「私の信仰は家庭環境によるものでした。政治信条も同様です。労働者階級の家庭でした。カトリック信仰と社会主義が、状況を改善する方法だと、私たちは考えていました」「カトリック信仰は、私たちすべてが平等であるべきだという、大志を与えてくれました」

1992年、友人夫妻と訪れた北アイルランド、ベルファストを思い出します。グリーンラインによって、東西が分断されていた街、西ベルファストのカトリック居住地で出逢ったら女性たちが話してくれました。「ここに住む若者は、就学も就労もわずかなチャンスしか与えられていない。社会に絶望し、自暴自棄におちいり、暴力へと向かってしまう。その先は、恐怖と増悪の暮らししかない。そんな若者たちを教会共同体はどのように導き、守っていけるのか。お互いを理解し、差別する心と向き合うことを、私たちから始めなければと思っています」

男女の区別なく人間の中には、だれもが母親の要素を持っているように、思えてなりません。それを「温かさ、優しさ、思いやり」そして「愛」と呼びましょうか。人間の深層にある「母マリア」を目覚めさせ、分かち合えたら。

シェリーさんはこうも語っています。「マリアの自己犠牲と神のみ旨を受け入れる力、神への信頼に感嘆しています」


著者紹介:
新谷のり子(しんたに のりこ)
「フランシーヌの場合」でデビュー。「人権学習」の講師ほか独自のコンサートで活躍中。著書『フランシーヌはたち』、アルバム「祈り」「うたたち」ほか。

▲ページのトップへ