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“下流社会”の出現

「あけぼの」2006年5月号より) 酒井新二


“格差社会”の肯定

小泉首相は通常国会で「今の社会で格差があるのはなぜ悪い」と挑発的答弁をした。これは首相の社会観を端的に吐露したものであると同時に、現在の日本社会のかかえる構造的問題を示すものとして注目すべきものであった。

1950年代から1970年代前半にかけての高度経済成長によって、日本社会では「一億総中流」というキャッチフレーズが流行した。それは敗戦によって全てを失った日本社会が必死になって戦後を闘いぬいてきた大きな成果を示すものであった。それはまさに日本民衆の“再生”の結果を象徴する標語であり、敗戦の惨めさと戦後復興の苦闘を経験した日本民衆のひとつの総括を示す言葉であった。

しかしさきの小泉首相の言葉は、この日本民衆の総括に対する挑戦的響きをもつものである。「一億総中流」を幻想とし、広がる所得格差を当然のものとして肯定し、正当化する言葉でもある。政治的、外交的に現在のアメリカを目標としてきた“小泉政治”としてはある意味で必然性をもつものであろう。しかしこのことは「貧富の格差」が絶望的に拡大している現在のアメリカ社会の現実をどう認識し、分析しているかが問われなければならない。

最近の日本社会について指摘される社会の“二極化”、すなわち少数の“上流”と多数の“下流”との“格差社会”への道は、小泉首相が言うように簡単に「なぜ悪い」などと言いきることのできない深刻な社会問題をはらむものである。

それは現在ジャーナリズムを賑わしている民主党永田寿康議員の発言問題などより、はるかに重要かつ根本的問題である。“永田発言”でゆれ動いている現在の“日本政界”の底の浅さそのものが、日本の政治の危機を示すものであることを忘れてはならない。


高い「ジニ係数」

最近「ジニ係数」という語が流行(はや)っている。それは国民の“所得格差”を示す数値であり、冨の分布が平等なら「0」に近づき、不平等であれば「一」に近づく係数である。それによれば日本はOECD(経済開発協力機構)加盟国の中で最も所得格差の大きい部類に入っている。
         日本=0.322
         アメリカ=0.368
         イギリス=0.345
         フランス=0.288
         スウェーデン・ドイツ=0.252

日本はアメリカ、イギリスに次いで格差の大きい部類に入り、フランス、ドイツ、スウェーデンなどと比べてはるかに格差が大きい。日本はアメリカ、イギリスに続いて“中流崩壊”の道を歩んでいることを端的に示している。戦後日本の“風土”でもあった“格差なき社会”は、現実にはすでに崩壊しつつあると言わねばならない。ひたすらアメリカの政治・経済を目標としている現在の日本政治の基本的誤りがそこにある。小泉首相の冒頭の言葉はまさにその象徴である。「努力すればだれでも成功できる」というアメリカンドリームはまさに“ドリーム”でしかない。

アメリカにおいて、1978年、平均的経営者の所得は庶民の35倍だったが、2004年には435倍になっている。(「ニューズウィーク誌」3月1日号)「金持ちが多額の税金を払っているから市民が充実した公的サービスを受けられる」(ニューヨーク州経済人会議・同誌)などという言論がまかり通るところに現在のアメリカ社会の病理がひそんでいる。

「アメリカでは労働人口の20%の管理職の給料が急速に増え、残り80%の平均的労働者の給料は下がっている」「資本主義的な民主社会にとって看過できない問題だ」「前FRB議長・グリーンスパン報告)(同誌)


大きな転換期

現在の日本社会は格差が急激に広がっている。正社員は減少し、パートや派遣社員や“ニート”が急増している。『現在の日本はおおきな転換期にある。それは戦後の経済成長を進めた1955年体制から、それとまったく異なる社会体制への転機であると言える」(『下流社会』26ページ・三浦展(あつし))

「高度経済成長時代・大衆消費社会の時代はみな中流なのだかそれ以上の格差是正は求めないという価値観も出てきていた。それは自分にとって最適な消費、暮らしを求める時代であった。」(同)このような「『一億総中流化・平等化モデル』が転換し、『階層化・下流化モデル』へ変わりつつある。このような“中流化”から“階層化”へのトレンドシフトは、これまでのビジネスモデルを無効にし、新しいビジネスモデルを必要とする」(同)しかし「日本の企業は、膨大な中流のためにたくさんのものを売るという仕組みでしか動けないようなところがある。……だから利益率が低くても売り上げが多いことを求め」てきたのである。(同)

しかし“階層化”が進めば「上」を相手に売り上げを伸ばす戦略も考えねばならない。「トヨタ」級の大企業でも、そのような戦略転換に迫られてきたという。日本の企業世界は、大企業–––中小企業–––零細企業というピラミッド型の系列化の中で、世界に対する競争力を保ってきた。今や「ホリエモン」のような新興勢力によって脅かされ始めている。経団連が「ホリエモン」をメンバーに入れようとしたのを見れば、既成系列が危機に瀕(ひん)していることがわかる。

中国・韓国・東南アジア諸国の急速な台頭は、より切実な圧力となりつつある。三浦氏の分析は「下流社会」という階層集団の出現を指摘して日本の新しい社会構造の変化を浮き彫りにした。しかしその「下流社会」が抱える問題の解決策は明示されていないし、「下流」を越える「下層」の救済策については、はるか彼方の問題として残されていると言っていい。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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