home「時」の歩み>「イラク」「北朝鮮」の泥沼

「時」の歩み

バックナンバー

「イラク」「北朝鮮」の泥沼

「あけぼの」2006年6月号より) 酒井新二

イラク戦争が開始されてから丸3年がたった。フセイン政府は打倒されたが、イラクにおけるテロは絶えることがない。小泉政権は“違憲”のおそれを犯して自衛隊を派遣したが、いつ徹退させるかメドがつかない状態に陥っている。

ブッシュ大統領が“戦争の大義”とした「大量破壊兵器」は結局発見できず、アメリカはベトナム戦争以来の泥沼に落ち込んでしまっている。「イラクから米兵がいなくなる日は来るのか」との記者団の質問に対し、ブッシュ大統領は「これはもちろん目標だが、将来の大統領や将来のイラク政府が決めるだろう」と答えたという。これはイラク完全徹退の決定は自分の後任に委ねるということである。ブッシュ任期はまだ3年あるというのに、この答弁はまことに無責任極まるものである。

イラク戦争とは一体何だったのかということが、改めて問われねばならない。そのことは自衛隊派遣に対しても同様であり、9月に任期を迎える小泉総理にとってはより深刻な問題である。


パール氏の批判

ラムズフェルド国防長官に近く、イラク戦争を主導したネオコン(新保守主義者)の「「黒幕」とされ、3年前まで国防政策委員会トップとして君臨していたリチャード・パール氏は、今次のようにブッシュ政権を厳しく批判している。

「われわれはイラクの情勢を理解せず、イラク人を信用しなかった。これはブッシュ政権上層部の誤りだ」しかしパール氏のいうブッシュ政権上層部とはイラク戦争を主導した国防総省と中央軍当局であり、彼らが描いた青写真はバグダッドを陥落させ、フセイン政権を打倒し、戦後統治の基本的枠組みをつくり、亡命イラク人(チャラビ氏ら)に権限を委譲し、百日間程度でバクダッドを離れるというものだったという。

このような計画は米国務省筋が批判するように、極めて“甘い計画”であったことは間違いない。米側責任者は日本側に「地方の行政と治安を担ってほしい」と求めてきたという。「憲法9条に対する無知を示すものだ」と日本側はいうが、自衛隊を出している以上、米側の要求はむしろ当然であり“違憲”を犯した日本側の矛盾を露呈したものというべきだろう。


米大統領の誤り

しかし米国の大きな誤りは、ブッシュ大統領自身が戦後複興を国務省ではなく、国防省にゆだねたこと、その背後に「ネオコン」がいたことであろう。彼らは現地軽視の独断的民主化政策を推進し、それによってイラク人の米国離れが始まったといわれる。

バグダッド陥落後、フセイン圧政からの解放と同時に発生した大規模な略奪・破壊行為に対して、米軍を中心とする占領当局はほとんど無力だった。これが“イラク泥沼化”への序曲だったのである。

違憲的立法を強行してまで、対米協力を推進した小泉政権が得た「見返り」は何だったのか。それは結局「北朝鮮の拉致問題に対する援護だった」(当時の安部官房副長官)という。しかしイラク問題に足をとめられた米国の弱体を見透かして、6カ国協議への複帰を明確にしない北朝鮮に対しては、拉致問題解決の見通しは立たないのが現実である。


中、朝関係の戦略性

胡錦涛中国国家主席は、昨年10月28日から30日までピョンヤンを公式訪問、そのわずか2か月半後の今年1月8日~18日、北朝鮮の金正日総書記は隠密裡に中国を訪問した。この中・朝両首脳の相互訪問は、朝鮮問題専門家によれば「新中朝同盟」の構築として極めて注目すべきものであったという。その理由は1月17日北京人民大会堂での中・朝首脳会談で胡錦涛国家主席は「中・朝両国の友好・協力関係の強化、発展は中国の党と政府の確固たる戦略的方針である」と表明し、両国関係の“戦略性”が明確に強調されたことによるものである。

昨年11月第5回6カ国協議が開かれたが、その直後北朝鮮と米国の関係はむしろ悪化してしまった。それは1月の中・朝会談で示された両国の連携強化について、ブッシュ政権内部で、チェイニー副大統領ら強硬派が「北朝鮮に原子力の平和利用を許すべきでない」と猛反発し、その結果ライス国務長官は6カ国協同声明の「適当な時期に朝鮮民主主義人民共和国への軽水炉支援提供について議論を行うことに合意した」という条項を事実上白紙にもどしてしまったのである。

さらに昨年10月北朝鮮の米ドル紙幣偽造が発覚し、米国は北朝鮮に対する金融措置をとった。ブッシュ政権はこの偽ドル紙幣事件をとらえ北朝鮮を「犯罪政権」とか「危険な体制」などと激しく非難した。これによって米・朝関係は再び悪化し、6カ国協議開催は見通しが立たない状態である。

しかし4月に予定されている胡錦涛国家主席の訪米を成功させるためには、6カ国協議再開のメドを立てなければならない。今年一月の胡錦涛・金正日会談がこの点についてなんらかの話し合いが行われたとしても、米国が期待するような金正日体制の転換に中国が手を貸すことも、原子力の平和利用の権利の剥奪に与(くみ)することもないだろうというのが専門家の見方である。

イラク問題に足をとられているブッシュ政権は、北朝鮮に対しても強い影響力を行使することができない状況にあるといわなければならない。ブッシュのアメリカと行動を共にしてきた小泉政権は、「イラク」と「北朝鮮」にどのような決着をつけようとするのであろうか。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

▲ページのトップへ