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続・非暴力者

「あけぼの」2006年12月号より) 弘田鎮枝

9月21日から30日まで、イラクからの米軍撤退を求める「平和宣言」全国行動が米国375の都市で展開されました。「平和宣言」は、イラクからの轍退計画の実現により、安全、再建、和解を目指し、戦費を人間のニードにあてる」政策決定を9月21日までに議会に求め、実現しない場合には全国的な良心的不服従行動を非暴力の精神で実施するというものでした。この宣言は、米国女子修道会総長管区長会、パックスクリスティなど500以上の宗教団体や平和運動ネットワーク、また複数の民主党議員の賛同支持を受け、イラク戦争が始まって以来最大の動員となったものです。パックスクリスティ・サンタフェ支部の行動について、ジョン・ディア神父(イエズス会)が書いたものをご紹介します。(National CAtholic Reporter、2006.10.3)

「『ドメニチ議員の署名をお願いするために来た者です。イラクからの撤退、中東における戦争被害の補償と非暴力の解決のために努力するというお約束をいただくまで、ここから動きません。』連邦政府の建物の入り口にいた警備員が信じられないという表情で私たち9人を見つめた。ニューメキシコ州のドメニチ議員が、ブッシュ大統領の戦争の最大の支持者であり、核兵器の推進者であることは周知の事実だからだ。先週米国各地で展開された非暴力平和行動250で人以上が逮捕されたが、ニューヨークタイムズが報道することはないし、A・グットマンの『今こそ民主主義』でも聞くことはできない。でも確かに起こったことなのだ。そしてそれが希望のしるしだ。

私たちの行動はささやかなものだが、美しかった。地元の警察によれば、サンタフェでの良心的不服従行動は35年ぶりだったとか。連邦政府の建物に入った私たちは阻止にもかかわらず歩き続け、エレベータまで来た。警官がエレベーターのスイッチを切ったので、その開いたドアの前で私たちは行動を始めた。

その前の週に、私はいくつかのウェブサイトからイラク戦争で亡くなった米軍兵士とイラク市民の名前を調べ、一万人の名前を準備した。私たちはエレベーターの前で、その名前を一人ずつ読み上げ始めた。米軍兵士とイラク市民の名前を交互に読み上げる私たちの声が、ロビーに響き、そのうちに警官はロビーも閉鎖した。死者の連祷は私たちの心を揺り動かし、襟を正すような厳粛な気持ちで、泣き出す人もいた。私たちは頭を下げ、次から次へと読み上げられる死者たちの名前、この不道徳で、不法、不必要な戦争に圧(お)し潰(つぶ)され、ごみのように捨てられた人々の尊い名前を祈りの気持ちで聞いた。これは嘆きの歌、取次ぎの祈り、イラクの石油を貪欲に求めた結果を厳しく見つめること。名前の読み上げは6時間続いた。信じられないことだった。

9人は15歳の学生、定年後の図書館司書、数人のフェミニストたち、高齢の障害者などで、皆生命と平和のための行動を決意している人たちだった。その私たちをサンタフェ警察、FBI、特別狙撃隊、連邦保安官、国土安全保障局の面々が取り囲んだ。私たちは挫(くじ)けることなく読み続け、外では支援者たちが祈り、メディアが走りまわり、いらいらした政治家の姿もあった。午後5時ごろ、私たちは建物の外に連れ出されたが、罰金を払うことを拒否した。後日裁判所に出頭して、この戦争の正当性を裁判にかけることを考えている。

確かにこれは小さな行動だったが、それ自体は無駄と思われるようなことによって、米国の歴史が変えられてきたのだ。ローザ・パークス(バスの白人席を立つことを拒否し、公民権運動のきっかけを作った)からベリガン兄弟(ベトナム反戦運動の中心となったカトリック司祭)まで、善良な市民が一線を乗り越え、法を破り、正義と平和のために危険を冒すときに、社会がかわっていくのだ。

つまり、私たちが複活秘義を生き、不正の構造と組織にたいする非暴力な抵抗の十字架を引き受けるとき、ものごとが変わりはじめるのだ。イエスは正義と平等に情熱をかけ、多くの非暴力な不服従行動を行った。

神殿の不正なテーブルを倒し、観想の祈りを呼びかけた最後の行動は、イエスの生命を賭けた劇的で象徴的な非暴力行動だった。イエスに倣う私たちは、戦争が終結し、飢餓がなくなり、核兵器が廃絶されるまで危険を恐れずに創造的な行動を続けなければならない。平和への道を歩き続けなければならない」

8月訪ねたワシントンのホワイト・ハウスの前に25年間昼夜を問わず座り込みをしているウィリアムさんと連れ合いのエレンさん、コンセプシオンさんの姿が思い出されます。世界の平和を妨げるすべての事実に抗議して、25年間暑さ、寒さ、雨風をものともせず、ホワイト・ハウスのまん前にプラカード、パネルを掲げて野宿者生活を続けているこの3人の行動を「狂気」と無視する人びとに対して、ワシントンで平和学を教えているC・マッカシーは、{彼らこそ、ワシントンでもっとも正気な人たち」と語っています。戦争と軍事主義が究極の狂気であると確信することが正気なら、6,000以上の核兵器の発射命令を出すホワイト・ハウスこそ最大の狂気ではないかとというウィリアムさんの言葉。

「正気とは正義感、人間らしさ、他者を愛し理解することなのに、今正気な人間が危険人物とみられている。原爆、水爆、ミサイルを作り、広め、細菌化学爆弾使用の可能性を検討している人々がもっとも正気ということになっている。なっている。このような社会での最悪の狂気は、何も心配せずに『正気』でいることでではないだろうか?」

ジョン神父は、ビートルズの「イマジン」を引用しながら、私たちが現代世界に対して想像すること、夢見ることの大切さを強調しています。1980年代の初め、東ドイツの教会の地下室に小さなグループが集まりました。壁のない世界をイメージしようという呼びかけが、数年で壁の両側で広がり、ついに1989年に夢が実現したのです。「すべての人が平和に生きる世界をイメージしよう」という歌を祈りとし、行動できる力を与えてくださいますように。


著者紹介:
弘田 鎮枝(ひろた しずえ)
ベリス・メルセス宣教修道女会修道女

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