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公明党に潜むマグマ

「あけぼの」2007年2月号より)酒井新二


今マスコミの世界で公明党=創価学会の存在はあまり大きくない。毎月の雑誌や週刊誌でも公明党や「学会」が登場することは少ない。ところが久しぶりに雑誌「世界」の2006年11月号に佐高信が「公明党の原理的滑落」という短い論文を書いた。「滑落」とは佐高が言うように「登山で自らの足場を踏み外して滑り落ちること」である。

テレビ、新聞には安倍総理や自民党幹部が度々顔を出すが、政権を自民党とともに支えている公明党の幹部はあまり姿を見せない。しかし今の政権は公明党なしには存在しえないのである。それにもかかわらず、公明党の影がうすいのはなぜであろうか。佐高がいうようにそれはまさに「公明党の原理的滑落」であり、このままでは公明党は「下駄の雪」として消えてしまうのであろうか。


異質の自民・公明

公明党=創価学会の思想的基盤と自民党のそれとは全く異質のものであり、両者の連立は本来“水と油”であり、政治的に説明しにくい、まさに“野合”といっていいもののようにみえる。しかしそのような“連立”が現実に成立し、政界で認められているところに、日本の政治の非合理性と国民の政治的幼児性があるといわねばならない。その意味では公明党の“原理的滑落”は自民党にとってもマスコミにとってもいわれねばならないだろう。「小泉の靖国参拝を許してしまった」のは公明党だけではない“政教分離”の憲法上の原則を公然と破った小泉総理を黙認した自民党もマスコミも同様である。とはいえ公明党の“原理的滑落” の政治的責任はこの上なく大きい。


安倍の“反逆”

安倍総理が掲げる「憲法改正」「教育基本法改正」は“戦後民主主義”の根底をくつがえす“政治的反逆”であり、公明党=創価学会が主張してきたものと相反するものである。

佐高は公明党の代表代行浜四津敏子が1997年に出した『やっぱりひまわり』という著書のことを紹介している。この中で浜四津は、コスタリカの有名な大統領アリアス・サンチェスが「非軍事化」「非武装化」「軍隊の解体」を訴えてノーベル賞(1987年)を受賞したことを賞賛している。また浜四津は1998年 11月17日、国会裏での「盗聴法反対集会」で「盗聴法は憲法上大きな問題があり、その安易な導入は危険が大きい」と警告した。さらに同様の立場から「盗聴法」以上に悪法の名が高い「共謀罪」の創設にも公明党は当然反対であるはずである。

しかし99年10月5日に、自民・自由・公明3党の連立政権が成立するや、浜四津は直ちに態度を変えたのである。公明党=創価学会の変わり身の早さが出ている。


藤原の学会批判

佐高がいうとおり、故藤原弘達は37年前に『創価学会を斬る』という本を出した。これに対し「学会」は激しい出版妨害事件を起した。

藤原は同書の中で、公明党=「学会」の中に潜む“宗教的ファナティシズム(狂言的行為)”と自民党の中の“右翼ファシズム”的要素との癒着のおそれを指摘した。そしてこの癒着によって公明党=「学会」は、保守独裁体制の安定化と同時に強力なファッショ的傾向への起爆剤の役割を果たす危険があることを示したのである。

現在公明党は、佐高がいうように“借りものの猫””のように自民党の陰で、もの静かに、ほとんど無言で控えているようにみえる。この姿をどうみるべきでであろうか。佐高がいう「公明党の原理的滑落」と断じていいものであろうか。私は必ずしもそうとは思わない。


公明党の素性

「公明党」は「創価学会」という宗教団体の3代目会長池田大作が、1964年に政界進出を意図して結党、1967年初めに衆院に登場した。公明党は日本で唯一の典型的“宗教政党”である。「創価学会」は1930年[昭和5年)、牧口常三郎よって創始された「創価教育学会」が前身であり、「教育」と「仏法による民衆救済」を追及する「宗教・教育団体」であった。その“絶対平和思想”は、昭和初期の国家主義権力によって弾圧された。牧口と戸田城聖(第2代会長)は治安維持法違反で逮捕され、牧口は獄死したのである。戸田は出獄後1946年に「創価教育学会」を「創価学会」と改称、戦後の新興宗教ブームの中で急速に発展を遂げた。

ところが「学会」はその強い排他的性格が反発を呼び、前述のような“藤原弘達事件”を引き起こしたのである。しかしこれが「言論弾圧」として強い批判を浴びると、池田は「学会」の行為を公に謝罪し、これを機に「学会」と「公明党」との“政教分離”を宣言した。しかし両者はいぜんとして蜜接な関係を維持し、1979年以後、池田は名誉会長として事実上両者を支配しているといっていい。このことは公明=学会の“暗部”として批判

されるのである。

また「学会」は、本来「日蓮正宗」の在家信徒の団体であったが、信徒・資金力の増大につれて池田と「正宗」両者の対立から1991年には、「正宗」が「池田学会」を“破門”するという最悪の事態となった。

その間、「学会」内部では池田批判の動きが絶えず、内部紛争が続いたが、池田はそれらの造反勢力を抑えて“池田体制”を確立し、1979年にはついに名誉会長に就任したのである。しかし公明党・「学会」の内部は必ずしも安定しているわけではないようにみえる。「学会・公明」の根本的問題は正にその“宗教政党”そのものの中にある。

それは池田が公言した“政教分離”が実質的に行われず、「公明党」と「創価学会」との癒着が池田自身の“名誉会長”そのもによって発生するという“大矛盾”を犯しているのである。公称812万世帯をかかえる日本最大の巨大教団は、この組織的“大矛盾”と“宗教的ファナティシズム”をかかえたまま政権の中に潜んでいる。安倍政権と自民党は、このような“マグマ”の存在に気づいているだろうか。(敬称略)


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか。

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