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混迷深まる日本政治

「あけぼの」2007年9月号より)酒井新二


安倍内閣とそれを囲む国会の状況は、かつての“60年安保”のときに似てきた。違うのは当時の岸内閣を囲んだ学生を中心とした巨大な反岸の波、与党には大野伴睦、河野一郎、池田勇人、佐藤栄作、石井光次郎という党人派、官僚派のそうそうたる面々、左右両社会党が統一した社会党の片山哲、鈴木茂三郎、西尾末廣、水谷長三郎ら、共産党の徳田球一、野坂参三、志賀義雄ら戦前、戦中の社会主義運動の闘士が、顔をそろえていたことなど。

当時国会を取り囲んだ怒濤のような国民運動のうねりは、“安保改定”そのものよりも、強権的な岸信介の政治のあり方に向けられていたといっていい。この“60年安保”の政治危機によってアイゼンハワー米大統領の来日は取り止めとなり、岸政権は退陣に追い込まれたのであった。

今、その岸信介の孫である安倍晋三が政権を担い、その強引な政治が批判されているのも、ひとつの宿命を感じさせるものがある。しかし今は当時のような国民運動の高まりはないし、自民党内にも二世、三世が多く、政治的体験に乏しい政治家ばかりである。野党第一党の民主党は、政治理念や政策において自民党と大差ないし、共産党、社民党などの反政権勢力は極めて弱体である。そのうえ、与党を形成している公明党は宗教団体である創価学会と一体であり、その政治理念は本質的には自民党と対立するものでありながら、ただ学会の実質的リーダーである池田大作の思惑によって、政権にしがみついているというのが実態である。


首相のお手並み拝見

現在の日本の政治状況は極めて不健全かつ混迷を深めており、参院選挙で安倍自民党が敗北すれば、安倍首相の退陣だけではなく、民主党もまき込んだ政界再編の大波がやがて打ち寄せることも十分考えられることである。国会は会期末にきて、あわただしく延長された。松岡農水相の自殺という思いもかけぬ事件によって大きなダメージを受けたうえ、安倍内閣の重要法案がそろって会期の最終週に持ち越されたためである。このような状況は参院選挙で自民党に大きな影響が出ることは避けられそうもない。

安倍自民党の奇妙な現象は、自民党の幹部が首相の動きを傍観しているように見えることである。このことは特に参院側に著しい。竹下総理の秘書として手腕を振るった青木幹雄参院自民党議員会長は、安倍首相の“お手並み拝見”という態度が露骨である。中川秀直幹事長の力量では、とても現在の複雑な党内をまとめていくことは困難であろう。現在の自民党内は「首相の好きなようにやらせて、その代わり結果責任はとってもらおう」というさめた空気が支配しているように見える。

安倍首相は教育改革、社会保険庁改革、公務員制度改革という重要法案を成立させ、参院選挙でそれをアピールするつもりだったが、5,000万件にも及ぶ国民年金記録の不備という予想外の問題に足をすくわれ、内閣支持率が急落する最悪の状態となった。参院選挙で国民が安倍政権にどのような判定を下すか、自民党にとってはもちろんだが、民主、共産、社民、国民新党の野党各派にとっても、主権者たる国民そのものにとっても、真価を問われることは間違いない。


自衛隊の国民監視

「週刊金曜日」誌は6月15日号で、陸上自衛隊の「情報保全隊」という機関が、全国の市民団体や政党、労組などの動向を盗撮、監視し記録していたことが「保全隊」の内部文書で明らかになったとすっぱぬいている。かつて佐藤内閣当時、社会党の岡田春夫衆院議員によって防衛庁(当時)の内部文書「三矢研究」なるものが暴露され、当時の佐藤首相を狼狽させた事件と酷似している。

自衛隊の「情報保全隊」なるものは小泉内閣当時、米英軍のイラク侵攻直後に発足した組織だといわれる。小泉内閣が米国のイラク作戦支援をいち早く表明し、自衛隊をイラク作戦に強力させるため違憲的立法である「有事関連三法」を成立させた。(2003年6月)これに基づき陸上自衛隊は初めて海外出動し、イラク・サマワ入りを果たしたのである。米のイラク攻撃の名分はサダム・フセインが核兵器を保有しているということであった。しかしその後それが事実無根であることが発覚し、米のイラク出兵も、そしてこれに同調した小泉内閣も、名分を共に失われたのである。


唖然とする久間発言

当時自衛隊の海外派遣には、野党は一斉に強く反対したが、そのような国内の動きについて詳細な情報を集めるため作られたのが「情報保全隊」であったわけである。前記の「週刊金曜日」誌によれば「情報保全隊」の監視の対象となったのは、289団体といわれ、その中には個人212人の氏名も含まれているという。防衛省の守屋武昌次官は「イラクに派遣される隊員が不安を感じ、家族が動揺することのないようさまざまな調査を行った」と説明している。しかし防衛省広報課によれば、派遣隊員や家族はこの文書を見ておらず、関係する上層部だけが見ているものだという。「大臣、次官も細部までは知らなかったのではないか」と広報課職員は語っているという。しかしこの「情報保全隊」のメンバーは、陸・海・空自衛隊合わせて約900人の隊員がいるといわれ、このような監視団が全国で活動しているとすれば、それは自衛隊の“内部活動”として見逃しておくことは到底できるものではない。いつの間にか国民は自衛隊によって自らの行動を監視されているという、戦時中の“特攻”警察による“警察国家”の再現を思わせる不吉な兆候といわねばならない。

自衛隊の反国民的性格を決定的にするような発言が6月30日、当の久間防衛相から飛び出した。「原爆投下はあれで戦争が終わったんだから、しようがないなと今は思っている」というもの。長崎出身の議員の発言として唖然とするものだが、安倍内閣への打撃も測り知れないものがあるだろう。

著者紹介:

酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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