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地に墜ちた政治家の倫理

「あけぼの」2007年11月号より)酒井新二


日本の政界に突然激震が走った。9月12日、安倍首相の辞任表明である。


戦後60年余、このような“政権の放り出し”ともいえる総理大臣の政権放棄は、前代未聞のことであり、日本の政治史にも大きな汚点を残すものとなった。参院選の大敗北の中で、あえて政権続投を表明した安倍首相にとって、内閣改造で就任したばかりの遠藤武彦農水相が自ら組合長をしていた共済組合の不正に関わったことによって辞任に追い込まれた事態は、まさに政権の命運を決定づけるものであった。安倍首相の政権維持力はこの時点で尽き、実質的に与謝野馨官房長官と麻生太郎幹事長の手に移ったのであった。この自民党内の混乱は、同時に現在の日本政治の混迷を示すものといわなければならない。


続出する閣僚辞任

実体のない事務所を政治団体の所在地として届け出て、それが発覚して辞任した佐田玄一郎行革相当相(2006.12.27)、架空の事務所費の計上など数々の疑惑を抱えたまま就任5か月で自殺した松岡利勝農水相(2007.5.28)、事務所費問題などで就任2か月で事実上更迭された赤城徳彦農水相(2007.8.1)、アメリカの原爆投下も「しようがない」と長崎で失言して更迭された久間章生防衛相(2007.7.3)、遠藤武彦農水相の更迭は自らが組合長をつとめていた置賜(オキタマ)農業共済組合の掛金の不正受給に関するものであり、自らも十分認識していながら大臣に就任した無節操ぶりには、党内からも厳しい批判が出た。遠藤農水相は就任会見で「ここだけは来ないほうがよかった」などと本音を吐いたが、このような発言をみても大臣就任の適格性に欠けていることを示していたといえる。

追い打ちをかけるように9月3日玉沢徳一郎元農水相が、支部長を務める岩手県の支部の領収書改ざん問題の責任をとって自民党を離党した。

そのほかにも小池百合子防衛相と守屋武昌次官の公然たる対立は“防衛”という国家的・国際的に最も注目されるポジションだけに安倍内閣そのものの“規律(ディシプリ)の欠如”を示すものというべきだろう。さらに「女性は産む機械」という女性蔑視発言をして、国会を混乱させた柳沢伯夫厚労相など安倍内閣は昨年9月発足以来一年足らずの間に、閣僚が相つぐ事件を起こして国民をあきれさせた。このような内閣は戦後の日本政治においても未曾有(みぞう)の醜態といっていい。

さらに領収書重複計上が明らかになった坂本由紀子の外務政務官(参院静岡選挙区)、50万円の政治資金パーティ券の購入を税制上の優遇措置が受けられる個人名義の寄付に訂正していた岩城光英官房副長官(参院議員)など政治資金をめぐる不祥事はあとを断たない。このことは“政治とカネ”の問題が民主主義政治の“アキレスの腱”であることを示すと同時に“政治家の倫理性”の確保は政治そのものによっては実現できないことを示している。


「戦後レジームからの脱却」とは

教鞭な右派評論家のひとりである佐伯啓思氏〈京大教授)は9月1日付け「産経新聞」の「正論」欄で次のように書いている。

「安倍政権の誕生とは安倍氏のいう『戦後レジームからの脱却』を自民党が支持したということである。にもかかわらず、今回の選挙の前後を通じて、自民党のいずれからも『宙に浮いた年金などではなく、戦後レジームの脱却こそが最重要課題だ」という声は響かなかった」「世論の流れは民主党支持というよりも、格差問題や拝金主義、地方の崩壊、将来への不安など、小泉改革の引きおこした混乱への批判へと向かっていた。とすれば小泉改革の継承である安倍内閣など不要となる。こうして『安倍おろし』が一気に噴出した」「憲法改正や教育の見直しなどを軸とする安倍氏のいう『戦後レジームからの脱却』とは、もともとの『保守政党』としての自民党への回帰を目指すものであった」今「安倍氏に問われていることは、彼の本来の関心事である『保守政治』の再生である。」


“右寄り保守主義”の待望

佐伯氏は「戦後レジーム」とは「平和憲法と進歩主義的教育によって国家意識や社会規範を失い、もっぱら経済成長と物的利益の配分に関心を向けた戦後システムのことである」という。しかし「国家意識」を失い、経済成長と物的利益の配分のみに関心を向けたのは「戦後レジーム」でも「戦後民主主義」でもない。「60年安保」混乱を脱して、政治的安定を回復するため、池田勇人によって打ち出された「経済安定・経済成長優先」の政策でも、「国家意識」や「社会規範」を忘れ、「経済的利益のみに走ったシステム」でもない。佐伯氏が「戦後レジーム」を「国家意識」や「社会規範」を無視した理念であるかのようにいうのは現実ではない。

佐伯氏の「戦後民主主義」定義は同氏のいう「戦後レジームからの脱却」という理念を正当化するためのものである。それは「戦後民主主義」を否定し、それに代わって純正「国家主義」を位置づけようとするものである。

佐伯氏は安倍氏に問われているものとして第一に「改革にもとづく成長」から「日本的文化にもとづく安定社会」への移行を明示すること。第二にあくまで「戦後レジームの見直しを掲げること、この2つを求めている。そして自民党が「戦後レジーム」の中に漬かりこんでいるのだとすれば、保守政治の再生のためにそれこそ「自民党をぶっこわす」覚悟も必要となろう。そのとき“政界再編”の可能性が出てくると指摘している。いまこのような「国家主義」の主張が公然化するのは、やはりこの時代が“自民党的保守主義”にもあきたらず「より右寄りの保守主義」を待望する努力が徐々に思想界、政界に増えていることを示すものといわねばならない。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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