home>「今日」を読む>“背水の陣“政権の発足

「今日」を読む

バックナンバー

“背水の陣“政権の発足

「あけぼの」2007年12月号より)酒井新二


日福田康夫の登場によって“小泉・安倍時代”は幕を引いた。それは『自民党をぶっ壊す』といった小泉イズムの終焉を意味する。国民は“小泉劇場”の刺客騒ぎに熱狂してきたが、それも安倍政権の異常な終幕によって暗転してしまった。

日小泉政治はいわゆる“構造改革”と称する“不良債権処理”に集中し、安倍政治は「美しい国」とか「戦後レジームからの脱却」などというキャッチフレーズによって小泉政治を引き継ごうとしたが、安倍の政治的力量不足と肉体的弱点によってわずか一年でその意図を放棄せざるを得なかった。しかしこの安倍政権の終幕には麻生太郎幹事長と与謝野馨官房長官の“陰謀”があったといわれた。その真偽は別として、安倍政権の末期症状は国民の眼にも明らかだったし、麻生が安倍の次をどうするかを考えるのはある意味で当然であろう。

日しかし客間的に見ればそれは安倍政権だけでなく、自民党政権自体の終焉が近づいていることを意味するといわなければならない。麻生・与謝野が意図したかもしれない“ポスト安倍”は降って湧いたような“福田政権”の実現によって消え去ってしまった。


S君の予感

日40数年前になるが、共同通信政治部の私の同僚S君が若い安倍晋三の秘書役に転身した。S君は岸信介と親しい関係にあったが、岸から孫の晋三のガイド役を頼まれたわけである。そのS君が私に「晋三については2つのことが心配だ。一つは岸の3代目という“おぼっちゃん”育ちが政治家としての精神的ひ弱さになること。もう一つは肉体的弱さで、将来政治の激務に耐えられるかどうか―」このS君自身は夭折(ようせつ)してしまったが、彼の予感は不幸にも的中したといわなければならない。安倍政権の最後はまさにこのS君の言葉通りだった。


福田首相の弱点

日安倍の後を継いだ福田康夫も安倍に劣らず総理・総裁として大きな弱点を持っている。一つはその政治的キャリアにおいて大きな経験不足を背負っていること、もう一つは第一とも深く関連するが、官房長官としての5年間外交には強い関心を持ったものの外交の実際の衝に当たったことはなかった。したがってアメリカにおいてもアジアにおいてもヨーロッパの政界ともほとんど人脈を持っていないし、相手側も福田に関する知識に欠けていることである。このようなことは現在の日本の政界の指導者としては珍しいことである。福田自身が初の記者会見で「今日は無我夢中」といったり、世論調査の57.8%(共同通信)という高支持率を「どういうことかさっぱりわからない」などといったのも正直な感想に違いない。

日麻生が指摘する通り、福田が政策論議がないまま自民党の八派閥から支持を受けたということは小泉・安倍時代に軽視されてきた派閥の長たちの反発と同時に現在の日本の政界の極端なローカル性、日本政治の閉鎖性を示すものである。


腹背に敵

日福田首相が就任早々の記者会見で自からの政権を“背水の陣政権”と称したのは、まことに的確な表現である。だがその言葉の背後に政治に対する執念より、ある種の冷たさを感じた人も多かったのではないだろうか。

日自民党の大多数の派閥が雪崩をうって福田支持に回ったのは、来年に予想される解散・総選挙を控えて安倍では闘えないというあせりが、福田の出現を“救世主”ように感じさせたのかもしれない。しかし福田のほんとうの相手は麻生ではなく、いうまでもなく民主党の小沢一郎なのである。また福田体制からフリーになった麻生が総裁選で獲得した197票をバックに今後どのような動きをするのか、福田体制は腹背に敵を受けるかたちとなった。政局は来年の総選挙を控えて緊迫したときを迎えている。


ミャンマーの反政権デモ

日9月27日ミャンマー(ビルマ)の最大都市ヤンゴンで反軍事政権デモ取材中のフリー・カメラマン、長井健司さんが銃撃され死亡するという痛ましい事件が起きた。東南アジアでも最も閉鎖的軍事国家としてしられるミャンマーで発生した仏教僧侶を中心とする反政府デモに対して軍事政権が武力を発動し、長井さんはその渦中に巻き込まれたものである。東京新聞(中日新聞)の現地通信員も同国の警察当局に連行されたといわれる。

日この事件に対し発足早々の福田首相は困惑の表情だが、首相の最初の反応は「ミャンマー政府に対し、ただちに制裁するかどうかは、もう少し状況を見極めなければならない」と慎重な態度をとった。ブッシュ大統領は「自己正当化のために9人の平和的デモ参加者を殺害し、多くを傷つけ逮捕した」と厳しい非難の緊急声明を発表した。

日福田内閣にとっては突然の事件だが福田首相の声明は米大統領に比べやはり慎重で腰のひけたものであった。東南アジアにミャンマーのような閉鎖的軍事政権がいぜん存在していること自体驚くべきことだが、福田首相がこれから外交に積極的に取り組もうとするなら、このような緊急事態に適切に対応できる用意を持つことが不可欠の条件である。外交は内政以上に待ったなしの世界である。中・長期的なアジア外交の構想を持つと共に、このような緊急事態に即応できる発想と体制を日頃から構築することが必要である。

日アジア全域に日本人が活躍している現実を見れば、日本の総理としては最も大事な仕事の一つであることを忘れてはなるまい。福田首相は就任早々、この厳しい現実を突きつけられたのである。(敬称略)


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

▲ページのトップへ