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日本政治の混迷と危機

「あけぼの」2008年4月号より)酒井新二


チベットのダライ・ラマは「20世紀は戦争と暴力の世紀」といった。京都清水寺貫主は2007年を「偽」と総括した。これにならえば2008年は「劣」の年といえるかもしれない。少なくとも現時点では「偽」に続いて“負の年”といわざるをえない。なぜなら「偽」を否定するような見通しを立てることは難しいからである。

私は今年の年賀状に次のようなことばを書いた。「政治に哲学なく、経済に理念なく、社会に正義なく、言論に精気なし」と。新年早々暗いことばを連ねて申し訳ないが、これが私の率直な感想だった。東国原宮崎県知事も「今、国政が低迷困惑している」といった。現在の日本の情勢はこのようなことばでしか表現できないのである。その理由は何であろうか。

 

小選挙区制問題

最大の原因はやはり“政治の混迷”というべきだろう。60年間の“自民党政治”は永いトンネルに入ったまま、それを抜け出す道を見いだせないでいる。その主な理由は“自民党政治”が依存するアメリカの“世界政治”がより大きなトンネルに突入して身動きできずにいるからである。その結果は自民党だけでなく民主党はじめ各野党にとっても同様である。野党はこのような“自民党政治”の長期の行き詰まりを打開する力を発揮できないまま現在に至っている。その制度的理由は小選挙区制にあるといっていい。小選挙区制は二大政党制には適合するが、多党化している日本の政治には機能しないのである。私は前月号で、このような“日本政治”の行き詰まりを脱する道として「日米安保からの離脱」を主張した。このことは現実には極めて困難な政治的課題であることはいうまでもない。しかしそれが現在の日本政治の逼塞(ひっそく)を打開するひとつの道であるといわなければならないだろう。

 

高村外相の発言

高村外相は1月26日「日米同盟は“日米安保”より広範なもの」と語った。それは戦後の日本の政治・外交を規定してきた「日米安保」が現状に適合しないことを暗示し、今後の日米関係はより広範な“日米同盟”に進むことが必要であることを示そうとしたものであるといえる。このような高村外相の見解は“集団的自衛権”の行使に対する従来の解釈を改めて、それが“合憲”であるとする考えであり、最近のアメリカの対日要求に沿うものである。

このことは同時に「ミサイル防衛」に日本のより積極的姿勢を迫るアメリカ防衛産業の意向に同調するものであり、日米両防衛産業の関係緊密化を示すものである。

 シーファー駐日米大使やゲーツ米国防長官らがインド洋でのアメリカ軍艦に対する給油活動の継続を公然と求めたり、マイケル・グリーン米軍事評論家が“給油活動の中断”に対するアメリカの“いらだち”を表明したのも、日本の対米軍事協力に対する要求がますます露骨になってきたことを示すものである。

 

非核三原則の空文化

戦後日本の非軍事化政策を象徴する「非核三原則」(核を持たず、持ち込まず、持ち込ませず)を空文化しようとするアメリカの最近の動きはアメリカの対アジア政策、対中東政策の行き詰まりに対するあせりを示すものといえる。しかし「日米安保」を「日米同盟」化すなわち「日米軍事同盟化」しようとする日本の防衛当局の考えに対する世論の警戒は極めて大きい。アメリカ側の要求と日本の防衛当局の言動がより積極的になるのと反比例して国民一般の気持ちはより慎重にならざるをえない。なぜなら高村外相の考えは憲法第9条に対する従来の解釈をあえて越えようとするものであるからである。福田首相はこの問題についてまだ態度を明らかにしていない。それが福田首相の慎重な態度を示すものであるのか、あるいは高村発言をひとつのバロン・デッセ(観測気球)としているのか、早急に明らかにする責任がある。

 

“政界刷新”運動

1月20日、注目すべき政界の動きが表面化した。それは「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」と称する一種の政界刷新運動の旗揚げである。その発起人代表は北川正恭(まさやす)早大大学院教授(前三重県知事)で、佐々木毅前東大総長、東国原英夫宮崎県知事、古川康(やすし)佐賀県知事、松沢成文(しげふみ)神奈川県知事ほか新聞人も名を連ねている。これは「21世紀臨調」母体としたものといわれるが、現在の閉塞した日本政界の再編をねらった起爆剤的役割を意図したものとみられた。

北川代表は記者会見で「政府、与野党、国会の現状は国民の期待からほど遠い。今こそ霞ケ関・官僚主導から脱却し、国民による国民のための政治を目指す」と訴えた。このような動きが出てきたこと自体、政界の行き詰まりの深刻さを示すものだ。北川氏は「平成の民権運動として与野党の国会議員に党派を超えた新しい議員連合の発足を呼びかける」と強調した。

しかしここに示された“政界刷新”の思想は議会制民主主義の本義に則(のっと)るものであろうか。戦前にも“議会政治”の行き詰まりに対して、いわゆる“近衛新体制”(近衛文麿公爵を中心とした“政党政治否定”の挙国一致内閣の結成)の発足によってファシズムへの暴走がはじまった

 

民主政治とは

21世紀の現在、このようなアナクロニズムはありえないが、昭和初期の歴史を知らない現在の日本人にとって「国民による国民のための政治」というキャッチフレーズが何か新しい政治への響きを与えるとすれば、それは危険だといわなければならない。

福田・小沢会談で示されたいわゆる“大連合”の構想も同様の危険をはらんでいるものである。その意味で“大連合”を否定した民主党幹部の判断は正しかったといわねばならない。“民主政治”というものは時に無駄と回り道を伴うものであり、それを克服し、それに耐える国民の側の忍耐と努力を求める制度なのである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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