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“高齢者対策“の貧困

「あけぼの」2008年8月号より)酒井新二


5月21日付け朝日新聞の“天声人語”欄に、次のような80代女性読者の声が紹介されている。「日本人は繊細さを大いに持ちながら、社会的には無神経が折にふれて出る。その最たるものが“後期高齢者”の呼び名である」。筆者もまさにこの“後期高齢者”に属するものであるだけに、この指摘には同感を禁じえない。

“老人と言われた頃の温かさ”という、同紙川柳欄の一句も痛烈な皮肉である。

東大出の学者・政治家である舛添厚労相がこのような乱暴な用語の使用を見逃していること自体、彼が学問の世界を飛び出して政治の泥沼に身をおいた悲劇を浮き彫りにしているといっていい。

 

小泉政権の負の遺産

「後期高齢者医療」の問題は、いわば小泉元首相の残した負の遺産である。小泉氏は2003年秋、突然元総理の中曾根康弘・宮沢喜一両氏を国会議員から外した。これは当時も小泉氏の党内政治に対する冷酷な一面をのぞかせたものとして批判を呼んだ。「後期高齢者」問題は、そのような小泉氏の体質を厚生行政に露呈したものというべきだろう。

この高齢者医療制度は2006年6月、小泉内閣によって強行採決されたものである。その後施行までの2年間、政府も厚労省も国民に対してほとんど説明を行っていない。本格的論議はようやく2008年4月に始まったのである。この政府案の骨子は次の通りである。

「75歳以上の患者の医療費の5割を公費、4割を健康保険や国民健康保険からの支援金で賄う。残りの1割を75歳以上の加入者が支払う保険料でカバーする」というものである。

 

政府・財界の思惑一致

2002年の段階では、新しい高齢者医療制度が保険方式となることはまだ決まっていなかった。しかし、その後
  ①老人医療費の増大に歯止めをかけようとする政府と
  ②「健保」の負担増を避けようとした経済界
との思惑が一致して、高齢者医療制度の見直しが始まったのである。

これは「経済的合理性」の名のもとに従来の「社会保障」をできるだけ縮小しようとするものである。その場合、第一に目をつけたのが高齢者医療であった。本来高齢者であるほど、合併症その他で、医療を受けることが多くなる。早期発見、早期治療が従来の厚生・医療行政の基本であるのに、政府の考え方はまさにこれに真っ向から反するものである。

政府・与党は、昨年(2007年)の暮れになって、ようやく“低所得者”に対する負担軽減をまとめたが、いかにこの問題に対する関心がうすかったかがわかる。

 

保険料の平準化

高齢者の不満の最も大きいのは、これまでより保険料が上がるということだが、いままでこれに対する十分な説明が行われてこなかった。新制度になっても高齢者の保険料総額は変わらず“平準化”されたのだという。従来、地域や市町村によって医療費も異なり、国民健康保険料負担が最も大きな場合は、約5倍の開きがあったといわれる。それを平均化しようというのである。その結果、同じ都道府県内では、保険料を同額にした。その結果、当然低かったところは上がり、高かったところは下がることになった。しかし、政府・与党とも準備不足から保険料がどれくらい上がるか下がるかを明確に示すことができなかった。

 

医療費の抑制

もうひとつの問題は「低所得者」の負担は軽減する必要があったが、その具体的結論がなかなかまとまらなかったという。高齢者の医療費は2006年には11兆円だったが、2025年には25兆円にまで増大するといわれている。このような現実から、政府・与党は高齢者にも負担してもらって財源を確保しようということになったのである。それは、
  ①今後、現役世代の人口が減っていくにつれて、その負担が相対的に大きくなる
   ことは避けられない。それが行き過ぎないように“平準化”を図って、高齢者
   の負担割合を増やしていくという仕組みをとり入れたのである。
  ②医療のむだをなくして医療費の伸びを抑えていくこと。ひとり当たりの医療費の高いところは保険料も高くなり、低いところは保険料も低くなる仕組みになっている。それをみても医療費の高いところは、どうして高いかということを考えてもらおう、その原因をさぐって対策をとってもらおう、ということだという。

しかしこのことは結局、財源を確保するために医療費を抑制するという仕組みになるのではないか。「後期高齢者医療制度」の真の問題点はこの点につきるというべきだろう。

 

“かかりつけ医”制度

これに関連するもうひとつの問題は、いわゆる“かかりつけ医”制度である。政府はこの制度によって“かかりつけ医”の月間医療費は6,000円に限定するという仕組みを提示した。患者の不安は、これによって6,000円を越える医療行為はしてもらえないのではないかとうことである。その結果、患者は受診をひかえるようになり、医療者が適切な医療を行わないおそれがある。慢性疾患の中には、当然6,000円の枠内におさまらない病気もある。一般的に、高齢者は若ものに比べて疾患が多いわけで、しわよせは高齢者に来ることが考えられる。

今年の4月15日、「後期高齢者医療保険制度」の保険料が、年金からはじめて天引きされた。「医者にかかることが多い高齢者だけを、別の保険制度に組み込む、世界にも類を見ない冷酷な社会に突入した」(「週刊金曜日」5月16日号)のである。

福田首相は、この「後期高齢者」という名称を「長寿医療制度」と変えた。しかし、名称を変えても中身が変わったわけではない。いかにも福田首相らしい小手先の業である。

 

米医療業界の要求

1993年、当時の宮沢首相とクリントン米大統領の会談に基づいて、米国は毎年文書で日本の経済対策に対する注文を出している。多くの国民はこのことを忘れているかもしれないが、これは“日本従属”を最も露骨に示すものである。ここでも米国の医療業界が、日本の医療市場に医療機器・医薬品の導入を容易にする要望が堂々と表明されていることを知らねばならない。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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