home>「今日」を読む>“黒人大統領”の出現

「今日」を読む

バックナンバー

“黒人大統領”の出現

「あけぼの」2009年2月号より)酒井新二


アフリカ系アメリカ人が大統領になるということは、アメリカの建国以来の驚異的事件なのである。日本人にはおそらく十分に理解しにくいことだが、もし今、日本で黒人が総理になることを考えればその“異常さ”“驚異”がわかるかもしれない。

「ニューズウィーク」誌(11.19号)が書いたように、「それはかつては奴隷制を憲法で公認していた国が、黒人が投票権を含む基本的人権を認められなかった時代を直接知る人々が生きているうちに、アフリカ系アメリカ人を大統領に選んだのだ。この11月4日に(アメリカ)の有権者が選んだ変化の衝撃度は、どんなに誇張しても足りない」ということなのだ。

それはオバマ氏自身がいうように「アメリカはすべてが可能な地であるということに疑問をいだく人や、建国の父祖たちの夢は今も生きているだろうかと問う人がいるとすれば、今夜がその答え」なのだ。

シカゴのグランドパークは、このオバマ氏の勝利宣言に湧き上がった。

 

オバマ氏の記録的圧勝

だからといってアメリカは黒人と白人の壁を乗り越えたことにはなるまい。

人種は「アメリカのジレンマ」といってきた国にとってオバマ氏の圧倒的勝利は「ニューズウィーク」が書いたように「贖罪の瞬間」といっていいのだろうか。

オバマ氏の勝利のひとつの大きな“時代の変化”を示す兆候であることは間違いない。

「オバマ勝利」の大きな特徴は、今まで投票所に行かなかった「マイノリティーや若者」が大挙してオバマ氏に投票したことである。出口調査ではそれは68%にも達したという。

選挙の帰趨(きすう)を決めたものが「世代」であることは間違いないが、こんどの「オバマブーム」にはその「世代」が戦争体験の共有ではなく、より若い世代の支持であり、「ブッシュ政治からの変化」を求める情熱とオバマという若い政治家に対する多くのアメリカ人の“愛”だと「ニューズウィーク」は指摘している。9・11テロ“イラク戦争”経済危機などは必ずしもオバマ勝利を決めるものではなかった。

 

過去より未来

多くのアメリカ人は今、過去より未来に希望を見いだそうとしている。アメリカはもはや圧倒的“力”を誇る存在ではなくなった。世界政治においてもアメリカの一極体制はすでに終わり、世界の経済、政治、軍事は多極化が進んでいる。しかし同時にそれは、世界が混沌の中にあるということである。

“最低の大統領”と酷評されたブッシュ氏の“おかげ”でオバマ氏は最も恵まれたスタート台に立っているといえる。今のところあらゆる条件がオバマ氏にとって“追い風”になっていることは事実である。しかしそれは同時に厳しい現実に直面するまでの短い時間だと見なければならない。今オバマ氏の登場はあの「ベスト&ブライテスト」といわれたジョン・F・ケネディのそれに比較される輝かしいものである。しかしオバマ氏の“明日”がケネディの“暗黒”にならないためには、オバマ氏はこれからのいくつかの高いハードルを越えなければならない。オバマ氏は「白人でもない黒人でもないアメリカ合衆国民があるのだ」と力強く宣言した。

「強固なイデオロギーと宗教心、反知性主義を特徴とする南部の政治は現時点では完全に勢いを失った」(歴代の米大統領研究者ロバート・ダレク)とされている。「知性なき政治の幕が下りる」(ニューズウィーク11・9号)というのが8年間のブッシュ政治にあきた、多くのアメリカ人の気持ちなのだろう。

 

“黒人大統領”と白人至上主義者

しかし初の黒人大統領誕生の前に横たわる不気味な動きを否定することはできない。「白人至上主義者」や「軍隊マニア」による黒人大統領阻止の動きに対し、治安機関は今最高レベルの警護態勢を敷いている。古くはリンカーン大統領の暗殺、白昼周人環視の中で発生したジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件は、いまだに真犯人が不明とされている。“大統領暗殺”はアメリカ政界の最大の負の遺産であり、今までに4人の大統領が暗殺されたという。今、米メディアはこの問題をタブー視してふれようとしないが、今後“黒人大統領実現”が現実味を帯びるにつれて最大の問題として登場することは間違いない。

「現在、アメリカには約800の白人至上主義の組織があり、計10万人以上のメンバーがいるとされている」(「週刊朝日」11・14号)歴史的にも有名な白人至上主義組織・KKK(クー・クラックス・クラン)や「ミリシア」と呼ばれる軍隊マニア・グループ、イラクやアフガンからの帰還兵の極右過激分子などの動向に警備当局は神経を尖らせている。

このような要人の身辺警護に当たるのは「シークレット・サービス」だが、今回は通常より早い段階から異例の厳戒態勢を敷いているという。通常は各党の予備選に勝利して正式な大統領候補指名を受けた時点から警護がつくのだが、オバマ氏の場合は一昨年(2007年)5月から特別警護チームが派遣され、昨年(2008年)1月からは現職大統領並みに身辺警護レベルが引き上げられたという。(「週刊朝日」11・14号)

このように政治状況は日本では全く考えられないが、アメリカ特有の政界の現実、特に米政治史上初の“黒人大統領”の出現という予想を超える事態だけに、今後ますます緊迫の度を増していくに違いない。

 

オバマ外交と日本

「オバマ外交」は大統領就任早々、イラク・イラン・アフガニスタンの中東問題に直面せざるをえない。国内経済では、原油価格は最高1バレル=150ドルに達し、ドル安の進行、財政赤字は1兆ドルに達し、連邦政府の債務は約10兆円にふくらんでいる。

日本との関係では、核武装した北朝鮮にどう対処するか。それはオバマ氏の中国政策が決定づけるものだが、おそらくオバマ氏はそこでは最も現実的外交に集中せざるをえないだろう。それがどのようなものとなるかは、今のところ見えてこない。いずれにしても、日本にとって極めて厳しいものであることを覚悟しなければならないだろう。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

▲ページのトップへ