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政局転換の年-麻生政権の命運

「あけぼの」2009年3月号より)酒井新二


解散・総選挙が2009年に持ち越されたおかげで、われわれは麻生太郎首相の実態をじっくり見ることができることとなった。

麻生首相は当初、就任早々の解散を考えていたことは間違いない。ところが麻生人気のあまりに急激な低下がそれを許さなくなった。今や麻生首相の世論調査における支持率は、安倍、福田両首相の末期にも匹敵する30%を切るほどの惨たんたる状況になってる。これは必ずしも麻生氏ひとりの責任ということはできない。衆議院における絶対多数に甘えて安倍、福田、麻生の三代にわたる政権“たらい回し”という議会政治の常道を外れた自民党政権に対する国民の失望、怒りの表れといわなければならない。今や自民党は麻生首相による総選挙を再検討せざるをえない状況にある。

昨年11月半ば、麻生首相はひそかに細田博之幹事長と腹心の大島理森国対委員長を呼び「年末年始解散」を打診したという。しかし細田、大島両氏ともそれに強く反対し、結局麻生首相の思惑は封じられてしまった。しかし、解散・総選挙が延びれば延びるほど麻生総理による解散は難しくなるといわざるをえない。年が明けても麻生人気が持ち直す可能性は皆無に近い。今年9月の衆院議員の任期をひかえて、自民党は麻生首相に代わる新総理を据えて解散・総選挙に出ざるをえなかもしれない。果たしてそれができるだろうか。

民主党の小沢一郎代表が「総選挙を経ない4人目の自民党首相は憲政の常道に反する」というのは当然であろう。もし麻生首相が退陣するとなれば、次は当然、選挙管理内閣にならざるをえない。自民党内では幹部の間で、ひそかにそのときの総理候補が話し合われているふしがある。それは年明けとともに表面化するに違いない。そのとき麻生首相が抵抗して自らの手で解散・総選挙を実施できるか否か。いずれにせよ麻生首相にとって最後のチャンスは、明年度予算案の国会提出直後に、その成立を待たずに解散に踏み切るしかないだろう。果たして麻生首相にその余力があるだろうか。

 

「非核三原則」の堅持

ノーベル平和賞を受賞した故佐藤栄作元首相が米国に対して、有事の際に米国が核兵器を使うことを保障するよう求めていたことが、昨年末発表された外交白書で明らかになった。これに関して朝日新聞は社説(2008年12月24日)で「核をめぐる政治の責任」と題して次のように論じている。

「佐藤栄作氏が首相に就任したのは1964年11月だが、その1か月前、東京五輪のさなかに中国が初めて核実験をし、日本や世界に衝撃を与えていた。佐藤氏はライシャワー駐日米大使に『相手が核を持っているのなら、自分で核を持つのも常識だ』としながらも、その1か月後の訪米の際には一転、『日本は核の保有、使用はあくまで反対』として、核武装の意図を明確に否定した。さらに『日中が戦争になれば米国は直ちに核による報復を行うことを期待している』と、米の核の傘による抑止力を求め、米政府の了解を得ていたのだ。」

この事実は佐藤元首相の現実主義政治家としてのしたたかさを示すエピソードだが、あくまで「非核三原則」(核を持たず、作らず、持ち込ませず)を貫いたことは、平和憲法の理念を貫いた戦後政治史に残る大きな足跡として記憶されるべきことである。

「非核三原則」は現憲法の理念を示すと同時に、日本の平和主義を世界に示したものである。

 

有名無実のNPT

しかし、国際政治の現実を見れば、インド、パキスタンなどへ核が拡散し、NPT(核不拡散条約)は有名無実となりつつある。北朝鮮は核実験をくり返し“核保有”の可能性をちらつかせながら、米国や日本の経済援助を引き出そうとしている。また北朝鮮の“拉致”という犯罪行為が政治目的の手段として使われてきた。

国際政治におけるこのような卑劣な行為は如何なる理由を設けても認められるものではない。このような北朝鮮の訪問を断行した小泉純一郎首相(当時)の決断は評価される。しかし結果的には“拉致”の犠牲者の一部を救済しただけで、闇はいぜん解消していない。むしろ逆にいっそう深まったというべきだろう。その理由は、北朝鮮問題を討議する「6カ国会議」において北朝鮮に対抗する他の5か国の足並みが揃わないところにある。主催国の中国の態度は消極的だし、一時期は熱意を示していた米国もブッシュ大統領の任期切れが近づくにつれて急速に後退していった。国際政治が“人道問題”にはいかにひ弱なものであるかを露呈したものというべきだろう。

北朝鮮という“犯罪国家”に対して現在の国際社会はどう対応するのか、窮極の手段を持っていないことを深刻に反省する必要がある。同時に最大に被害者である日本が国家としても世界に強くアピールする“外交力”がためされていることをしっかり自覚する必要がある。

 

“派遣切り”問題

2008年末になって急激に台頭した問題に雇用の「派遣切り」がある。米国における金融危機から派生した今度の世界的不況は実質的に1929年の恐慌に匹敵する破壊力を秘めている。“昭和恐慌”で日本は経済的に致命傷を負った。こんどの“平成恐慌”は、日本の経済体質が昭和初期よりはるかに強くなっているので破壊を免れたものの、経済的打撃は決してなまやさしいものではない。その最大の犠牲者が、貧困層であることはもちろんだが、現在特有の問題として“派遣切り”の問題がある。現在の深刻な問題は“派遣社員”や“期間従業員”といわれる立場の弱い非正規労働者が直撃されていることである。またいったん採用が通知されながら突然取り止めの通告を受けるという、労働法の精神を無視した行為が目立っている。日本特有の中小企業中心の経済構造が背景にある。

政治はこの問題に対しても後手に回っている。政府・与党も野党も経営者も全力をあげて、この問題の解決に取り組む責任がある。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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