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“自由と平等”への新たな挑戦  –––“黒人大統領”の誕生

「あけぼの」2009年4月号より)酒井新二


バラク・オバマ新米大統領の登場は、確かにアメリカにとっても世界にとっても劇的なものだった。アメリカにおける人種偏見、特に黒人に対する差別はいまでも強い。そのアメリカ社会の“ナンバー1”に黒人が登場するとは想像を超える出来事であった。

「こんなに明るい米国を見るのは、いつ以来だろう」と共同通信ワシントン支局はオバマ大統領の歴史的な就任式に集まった200万人におよぶ民衆の歓呼を聞きながら、こう伝えた。それほどオバマ大統領の誕生はアメリカの人種問題を越えたものとして受け取られたのである。

 

“希望”への渇望

黒人大統領の誕生がこれほど早いとは、だれが想像しただろう。現在のアメリカが困難に満ちていることは確かだ。泥沼化したイラク戦争、未曾有(みぞう)の経済危機、自信喪失と息詰まるような閉塞感……ブッシュ前大統領時代に重なったこのアメリカの有史以来の不吉な空気に対して、オバマ氏が放った“希望”の光に多くのアメリカ人が魅了されたのは当然だろう。現在のアメリカはそれほど“変化”(チェンジ)に飢えていたのである。ところがオバマ氏は、大統領就任演説では“変化”という楽観的な合い言葉を封印し、アメリカ国民に対し指導者として「アメリカの再生のために“責任の時代”が到来したことを自覚しよう」と呼びかけたのである。かつてのケネディ演説が「アメリカ国家が何をしてくれるかではなく、アメリカに対して何ができるかを考えよう」と呼びかけた、あの有名な演説の華やかさには欠けるが、オバマ氏の政治哲学は決してケネディに劣るものではないことを示したといえる。その根本は、「額に汗して働く勤勉さと平等を尊ぶ建国の理念に立ち返ろう」ということである。これによって、新大統領は方向を見失っている国民に、その進むべき道筋を明確に示そうとしたのである。

 

大統領演説のハイライト

大統領就任演説のハイライトをあげてみよう。

「試練」……わたしたちが直面している試練は深刻だが、それは克服できるものである。

「希望と約束」……今日、わたしたちがここに集まっているのは、恐れではなく“希望”を、争いや不和ではなく“団結”を選んだからである。

「自由と平等」……聖書の言葉にあるように「子どもじみたまねはやめるときが来た。」(「コリント人への第一の手紙」より。「仲間割れなどせず、同じ心、同じ思いでしっかり団結してください」フランシスコ会訳)
すべての人間は、“平等で自由”で、最大限の幸福を追求する機会に値することを神は約束された。

「再建への決意」……わたしたちは、いまでも最高の繁栄を遂げている最強の国だ。今日からわたしたちは、アメリカ再建という仕事にもう一度とりかからなければならない。

「公正な経済」……今回の危機は、注意深い監視の目がないと市場は制御不能に陥ることを気づかせた。わたしたちの経済の成功は、それが共通の利益につながる一番確実な道だからだ。

「リーダーシップ」……アメリカは平和と尊厳の未来を求めるすべての国と人々の味方であり、もう一度主導的役割を果たす用意がある。

「多文化社会の強さ」……わたしたちはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者から成る国であり、さまざまな言語と文化で形成されている。わたしたちの多様性は、わたしたちの強みである。

「イスラム世界との関係」……イスラム世界に対し、わたしたちは共通の利益と相互の尊敬にもとづく新しい道を模索する。腐敗と謀略、反対の声を抑圧することで権力にしがみついている者は歴史の誤った側にいることに気づくべきだ。

「新時代の責任」……わたしたちアメリカ人には、この国と世界に果たすべき責務がある。すべてをなげうってその困難に立ち向かうことが、わたしたちの国民性の特徴である。

「アメリカの真価」……あらゆる人種と信仰の人がこの広場に集い、ともに祝い、60年たらず前はレストランで食事をさせてもらえなかったかもしれない父を持つ男が、大統領就任の宣誓のためにあなたたちの前に立つことができる、それがわたしたちの自由と信念の意味なのだ。

 

政治と宗教

このようなオバマ演説の内容をわれわれの総理大臣の施政演説に直ちに比較することは必ずしも妥当ではないが、それにしてもその内容と格調の違いは歴然たるものがあることを認めざるをえない。特にアメリカの政治とキリスト教との密接な結びつきは、その違いの最たるものだろう。

就任式における牧師の祈り、新大統領が宣誓するとき左手をおく聖書、しかも今度の聖書はリンカーン大統領が使ったものだという。日本とアメリカの政治的関係は、“日米安保条約”に象徴されるように緊密なものだと多くの日本人は感じているかもしれないが、実は両者全く違う価値観に立脚していることを改めて認識する必要がある。

現在のアメリカもヨーロッパも、キリスト教文化によって育てられたものである。現代の日本がどのような文化を基調としているかということは、必ずしも明確ではない。明治以来の日本は、西洋文明を積極的に導入したが、明治政府は同時にキリスト教の“侵入”を極力警戒し、“政教分離”政策に徹した。日本固有の文化が“仏教的”なものであることは確かだが、明治以後の日本文化に仏教が生命力を与えているとは必ずしもいえない。

昭和の軍事主義時代は、宗教に代わって“国家主義”イデオロギーが支配してきた。敗戦によってそれも崩壊した現在、日本人の心と社会を支配しているものはいったい何だろうか。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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