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「教会」への希望 ––ある神学者の提言––

「あけぼの」2009年6月号より) 酒井新二


私は最近、ドイツの倫理神学の大家ベルンハルト・ヘーリンクの晩年の著『教会への私の希望』(1997年)を読んだ。

ヘーリンクは第2バチカン公会議(1962~1965年)とその後の教会刷新の中心的神学者のひとりであり、[公会議」の思想的中核をなす「現代世界憲章」の「産みの親」でもある。

教皇ヨハネ23世が召集した第2バチカン公会議は戦後のカトリック教会が奇跡的な再生を遂げた歴史的公会議であり、その日本版である「第1回福音宣教推進全国会議」いわゆる「NICE-1」(1987年・京都)のモデルでもある。

ヨハネ23世とそれを引きついだヨハネ・パウロ2世によって実現した教会刷新の波は、今ヨーロッパにおいてその息吹きも感じられない。それどころか今のバチカンの“主”はその保守的言動によって度々マスコミをにぎわせるというありさまである。日ごろ「バチカン」の動きなどほとんどニュースにならない日本のマスメディアでさえ、ベネディクト16世の最近の言動を批判的に報道するありさまである。(朝日新聞2月14日、同3月13日-現教皇が、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を疑問視して“破門”された4人の司教を解除したこと)

 

ヘーリンク師の批判

ヘーリンク師は本書でカトリック教会の「現在の権威主義的中央集権」を指摘し、「神の民」(信徒)の役割、司教の選択、教会における教皇職の役割などについて重大な変更を提言している。

彼は「補完性の原理」(バチカン中心ではなく、地方の教会・組織が主体性をもち、中央の権力はそれを補完するものという考え方)を強調し、これによってピオ11世の回勅「クァドラゼジモ・アンノ」(「40周年の記念に」1931年)において説かれた「バチカン」中心の考え方を批判した。そして彼は「インカルチュレーション」(世界の各文化の中に“神の信仰”を受肉させるという思想)「エキュメニズム」(各宗教の和解と一致)など、第2バチカン公会議が打ち出した諸原則を改めて強調し、中央集権的統制に反対している。

1968年のパウロ6世の回勅「フマーネ・ヴィテ」(人間の生命)が“人工避妊”を罪と規定したことにも反対を表明している。彼はバチカン当局の律法主義、権威主義、過度な中央集権制などを総括的に批判したが、その基本的考え方は「神を恵み深い親として理解し、教会はイエスと聖霊を通して神の豊かな愛によって救われる生きた共同体である」というものである。

彼は「バチカン」の復古主義的考え方や神学的にも論議が残る問題に対し、「バチカン」が絶対的確実性を主張したり、法的一致を強制する姿勢に反対しているのである。また「教会のカテキズム」が回勅「ヴェリターティス・スプレンドール」(『真理の輝き』1993年)に対しても否定的批判を行っている。彼は倫理神学を重視し、特に「エキュメニズム」(信仰一致運動)がキリスト教世界(カトリック、プロテスタント、ユダヤ教)の和解に不可欠な原則を提供するものとしている。

 

イエス“霊の法則”

彼はまたキリスト教世界の和解だけでなく、地球全体の和解を念頭においている。彼はキリスト教の教義と倫理があらゆるところに根をおろし、命のパン種となることができるような「インカルチュレーション」(キリスト教の倫理が諸文化の内部で開花すること)を提唱し、それが普遍性(カトリック性)であり「実り豊かな多様性の中の一致」であるといっている。

「わたしは特に神の恵みと掟の関係に関心をもっており『神の恵みは掟の付属物にすぎない』などという種類の倫理神学には反対である」「わたしたちの関心はキリスト・イエスによって命をもたらす“霊の法則”(the Low of the Spirit of life in Christ)であり、キリストの福音に生きる徹底した回心である」「『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』(マルコ1.15)というイエス・キリストの言葉に向かって絶えざる回心をする必要がある」というのが彼の主張である。

「われわれは危機の時代に生きている。中でも宗教の世界は危機に直面している。マスメディアは大きな力をもち、巧みな世論操作を行っているが、このような時代にはキリスト者は“識別”“批判”の力を自らの中に養っていなければならない」「宗教、道徳に関する批判は“無神論”を拠りどころにしている。したがってキリスト者は“無神論”と対決し、これにうち勝たなければならない」

 

“不可謬宣言”の拒否

「教会から離れている人々の数は、常時信仰の務めを果たしている人々を大きく上回っている。教会から離れている距離に関してはそれぞれ違いがあるが、それにもかかわらず、この“距離”を単純に『悪に支配された世界』と断じたり、あるいは『西欧世界の世俗化』と説明しようとするのは愚かなことであり、逆効果を招くに過ぎない。人々がなぜ教会から離れるかをわたしたちが自分自身に問いかけることを忘れるなら、それは“独善性”の現れであり、この問いに神学者、説教者、高位聖職者は真剣に謙虚に向き合わなければならない」

教皇ヨハネ23世と彼が召集した第2バチカン公会議は、“不可謬性宣言”」を一切拒否した。自由な立場で慎重に考慮されたこの決定によって、彼らの権威と信頼性が高められたことは疑いない。これと対象的に、教皇ヨハネ・パウロ2世のもとでは「忍び寄る不可謬性」のあらゆる側面についてさまざまに書かれるようになり、近年では「暴走する不可謬性」という表現が使われるようになった。

第1バチカン公会議(1869-1870年)で、「バチカン」は「教皇の不可謬説」をカトリックの教義の一部として宣言した。フランス革命とナポレオン戦争によってヨーロッパが大混乱する中で、教会が自らの存在をヨーロッパ世界で誇示しようとするねらいであった。しかしこれは近代世界の動きに反する教皇庁の閉鎖的指針であり、カトリック教会は孤立する結果となった。「教皇不可謬説」が教会の反現代性を示すという皮肉な結果となったのである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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