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鳩山民主党政権の誕生

「あけぼの」2009年12月号より) 酒井新二


自民党による日本統治が50年ぶりに終わった。細川護煕・羽田孜両政権の計10か月を除いて“保守合同”以来半世紀にわたって政権を保持してけいた自民党が遂に政権を去ったという事実は、たしかに日本の戦後政治史の上に革命的変化をもたらしたものといわねばならない。一つの政党が50年以上も日本の政治を支配してきたということ自体が現代民主国家においては希有(けう)のことであり、日本の“戦後民主主義”の性格を示すものといわねばならない。「長期政権は必ず腐敗する」ということは民主政治の負の遺産であり、“州”の集合国家である「アメリカ合衆国」において大統領が“三選”することは例外中の例外とされてきた理由でもある。

日本の場合、自民党の“派閥”が政権交代の役割を果たしてきたといわれる。しかしそれは同時に“派閥の弊害”をもたらした。なぜなら“派閥”は“政・官・財”という別の権力癒着をもたらしたからである。“派閥”は“政権交代”という民主政治における腐敗防止の機能を十分果たさなかったばかりか、逆にそれを助長するものとなった。

自民党政権は末期になって極力“派閥”の役割をうすめることに腐心してきたが、それに成功したとはえけない。“政治とカネ”の問題が最後まで“派閥”の役割を温存することになったのである。

 

脱官僚政治

50年ぶりの“非自民政府”としての鳩山政権は脱自民政治、脱官僚主導政治という国民的期待に答えなければならない。民主党はそのため約100人の与党の国会議員が政府に入って大臣を中心とした政治家集団で政策づくりを主導するという。それはたしかに野心的な試みであり、その成否が民主党政権の命運を決めるといってもいい。総選挙直後の世論調査では民主党政権への期待が7割前後という状況であり、政権のスタートしては上々であろう。しかし最近の民意は日本でも米・欧でも変化が激しい。発足百日は政府との“蜜月時代”といわれたが、最近はとても100日はもたないのが現実である。それだけ国民の眼は厳しいともいえるし、短気だともいえる。

民主党の新政権は、政権主導の仕組みとして首相直属の「国家戦略局」なるものを新設した。その担当大臣は管直人氏となったが、その責任は大きい。従来の財務官僚主導の予算編成を逆転するだけの実力を持つことは容易ではない。また外交政策など国家ビジョンの策定にもあたるという。“外交はわがもの”としてきた外務官僚の両従腹背的抵抗を乗り越えねばならない。鳩山─管ラインの力の見せどころであり、危険な賭でもある。

 

日米外交

鳩山政権にとって最大の課題は、日米外交であろう。アジア外交への力点を見せた鳩山首相に対して米メディアから厳しい批判がわき起こった。鳩山首相は就任早々、国連で自らの外交守勢をアピールするチャンスにも恵まれ、同時にオバマ大統領とも会談して、米メディアの批判をかわす機会に恵まれたことは好運であった。米国の政権もメディアも、長年の自民党政権体制になれて、民主党政権の実態をはかりかねているのが実情だろう。

リチャード・アーミテージ元米国務副長官は、9月21日の読売新聞のコラムで「インド洋の給油作戦やソマリア沖の海賊掃討作戦への海上自衛隊の参加は、米国への好意としての行為ではなく日米の国益に立った行動である」と指摘しているが、同氏がいうように「日米安保」への姿勢は鳩山民主党政権の重要な試金石になることは間違いないだろう。

 

民主主義と象徴天皇

「民主主義」の最も簡明な定義としてアブラハム・リンカーンの「人民の、人民のための、人民による政治」という言葉がよく引用される。これはアメリカのデモクラシーの定義としては最も適切なものであろう。しかしヨーロッパや日本では必ずしもそうとはいえない。王政や天皇制の長い歴史をもつ国々にとってはリンカーンの定義はあまりに簡略、明快すぎるといえるかもしれない。

日本は現在“象徴天皇”という制度をもっており、リンカーンの定義では必ずしもぴったりこない。戦後の日本憲法は民主憲法といわれて「大日本帝国憲法」に比べれば質的変化を遂げているといっていい。しかし“象徴天皇”という存在が日本の民主主義を、リンカーンの定義のように明快なものとはしていない。

日本の戦後憲法は敗戦という大きな代償の上に成立したものだが、それはマッカーサーの占領政策から強い影響を受けた、ある意味で“政治的妥協”の産物といわねばならない。それは戦前の旧憲法の本質、即ち“天皇制”を温存しようとする勢力と占領軍左派の天皇制廃止派とのせめぎあいの結果ともいえるからである。そのことが現憲法の“象徴天皇”の本質を極めてあいまいなもにしている理由といっていいだろう。

 

国民の総意とは

日本国憲法第一条は「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定している。これがいわゆる“象徴天皇”の定義であり、法的根拠である。1947年に始まった象徴天皇制もすでに62年の歴史を持ち、定着したといっていい。しかし、第一条の定義を読むといろいろ疑問が湧く。

日本の皇室を論ずるとき、英国の王室がよく引き合いに出される。しかし、英王室はオーストラリア、カナダなどかつての広大な英植民地を統合する“象徴”として必要とされたのである。それらの植民地が独立した現在、英王室の政治的機能はすでに終わっているといっていい。それはいま英国の過去の歴史を象徴する存在でしかない。「君臨すれども統治せず」という言葉は、日本の象徴天皇制にも通ずる言葉だが、日本国憲法では「君臨する」という言葉も使われていない。それは太平洋戦争敗北の責任と天皇制との関係に微妙にからんでいるからである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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