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シスター三木の創作童話
なの花
マーちゃんは、きょうもお母さんの背中におんぶされて、この畑の中を通っていきます。 こんなマーちゃんの姿を見るようになったのは、いつのころからだったでしょう。そう、この畑の黒い土の上に、みどりの小さな芽が、ちょんと出はじめていたころからでした。だからもう、三か月目なんですね。マーちゃんはこうして毎日、お母さんと一緒に病院に通っていたのです。
「お母さん、このみどりのはっぱ、なあに。お花が咲くの、ねえ、お母さん」。
考えごとをしていたお母さんは、すぐ答えられませんでした。
「ああ、マーちゃん、これはね、きいろいお花が咲くのよ」。
お母さんはマーちゃんを、そっとゆすりあげて言いました。ふり向いたお母さんの目が、涙でぬれていました。
「きいろのね、そう、レモン色の花、なの花っていうのよ。ちょうちょうさんみたいなお花よ」。
「ちょうちょうさんのお花、はやく見たいなあ」。
「そうよ、マーちゃん、はやく元気になって、なの花を見にきましょうね」。
お母さんとマーちゃんの姿は、きみどりのはっぱの向こうに見えなくなっていきました。でも、それから、マーちゃんの姿はこの畑に見られなくなってしまったのです。あれから、マーちゃんの病気は重くなって、今度は、お医者さまがマーちゃんのお家をたずねてくださるようになったからです。
風がだんだんあたたかくなって、窓があけられるようになりました。マーちゃんのおへやのカーテンも、あたたかい春風にゆれています。マーちゃんの病気も、あたたかい春とともにだんだんよくなっていくようでした。
「ねえ、お母さん、なの花、もう咲いたかしら。ねえ、お母さん、あのお空が鏡だったらいいね。そうしたら、なの花をうつしてくれるよね。青い青い鏡。そして、まっしろのふわふわした雲のふちかざり、すてきな鏡なんだけどなあ」。
マーちゃんはひとりで想像していました。お母さんはニコニコしながらロザリオを繰っていました。お母さんは毎日マリアさまに、「マーちゃんの病気がはやくよくなりますように」って祈っていたのです。
「ああ、お母さん、みて、お空が鏡になったよ、ほら、ほら、ほら、きいろの花がうつっているよ。ああ、こっちにくる」。
いままでにこんな元気なマーちゃんの声を聞いたことがありませんでした。お母さんはびっくりしました。そして、からだをのり出すようにして窓の外を見ました。
「お母さん、なの花って、ちょうちょうの花だったのね」。お母さんもうれしくなって腰かけました。マーちゃんのほっぺたが、ほんのりと赤くなってきています。窓ガラスのところにきいろいちょうちょうが、五、六匹、舞っています。まるでなの花の使者のようでした。それからマーちゃんは、安心してすやすやねむりました。春風がマーちゃんをなでて通ります。お母さんは、「マリアさま、ありがとうございます」ってそっと言いながら、やさしくマーちゃんの頭をなでました。
……なの花のまっきいろなじゅうたんの上を、マーちゃんとお母さんが手をつないで走っていきます。そんな日も、もうすぐなんですね。
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