home>シスター三木の創作童話>チビ犬
シスター三木の創作童話
チビ犬
「きゅん、きゅん」
それは小さな声でした。とてもかぼそい声でした。
「きゅん、きゅん」それを聞いた人は、どうしても、見にいきたくなる声でした。
「ああ、子犬だ。おかあさん、子犬がないてるよ。チビ、チビ、こわくないよ。おいで、おいで、どうしたんだい。すてられたんだね、よし、よし」
そう、さっきの、「きゅん、きゅん」という声は、この小さな犬のなき声だったのです。子犬をだいて、「よし、よし」と言っているのは、しげるちゃん、小学校三年生。
「しげる、しげる、ごはんですよ」
おかあさんの顔が、お勝手の窓からのぞきました。
すかさず、しげるちゃんが声をあげます。
「ねえ、おかあさん、かわいそうな犬なんだ。飼っていいでしょう。ねえ、おかあさん」
しげるちゃんは、子犬を、ぎゅっとだきしめました。子犬は、しげるちゃんのあたたかい腕の中で、くーん、くーん鼻をならしています。
「だめですよ。このあいだ、お約束したでしょう。もう決して動物は飼いませんって」
「だって、おかあさん、ほら、この犬、耳をけがしているんだよ。きっと大きい犬に、いじめられたんだ。おなかもペッチャンコだよ。ぼくが飼ってやらなきゃ、だれも飼ってくれないよ。死んじゃうよ。かわいそうじゃないか。おかあさん、それでもいいの」
そういえば、子犬の耳は左右の大きさがちがいます。
「その犬は、きっと病気よ。そしてまた、すぐ死にますよ。おかあさんは、いやなの、しげるが泣くのを見るのがいやなのよ。だから、もう、犬も、ねこも、鳥も、なんにも飼いたくないの」
耳をけがしたチビ犬は、しげるちゃんと、おかあさんのやりとりがわかったのでしょうか、ブルブルふるえています。そして、その黒いつぶらな目は、不安げにぬれて、きょときょとしています。
「ぼく、この犬飼うよ。きめた。ぼく、ちゃんと世話するよ」
そういうと、しげるちゃんは、じっと下を向いて、チビ犬の背中をなでています。おかあさんは、もう困ったというふうに、大きなためいきをつきました。どうしようもないといったようすです。
「とにかく、ごはんにしましょう」
そういうと、おかあさんは、窓から顔をひっこめました。おかあさんは、このチビ犬のことについて返事をしてくれませんでしたけど、しげるちゃんには、わかりました。子犬は飼ってもいいようです。このまえの子ねこのミーのときも、そうでしたから。
「よかったね、チビ。ごはんにしよう。まってろよ、おなかがペコペコ。ぼくもだよ」
チビ犬は、うれしくてたまらないのでしょう、からだ中をしっぽにして、おしりをふっています。しげるちゃんは、動物が大好きです。捨てられた犬や、ねこ、夜店で売っているひよこ。かわいそうなものばかり拾ってくるのです。だから、たいてい、すぐ死んでしまいます。そのたびに、しげるちゃんは、からだがちぎれそうに、ヒイ、ヒイ、いって泣くのです。
おかあさんは、そんなしげるちゃんを見るのが、とてもつらかったのでした。それで、おかあさんは、もう、決して生き物は飼わないと、かたく決心していたのですが、こんども、負けでした。おどおどした二つの目と、ぜったいにゆずらないぞと、がんばっている二つの目。あわせて四つの目。おかあさんは勝ちっこありません。
こうして、びっこの犬は、しげるちゃんの家族になりました。
チビ犬は、「ありがとう」って言えないかわりに、うれし涙を流してなきましたよ。
「くうーん、くうーん」って。
トップページへ
▲ページのトップへ