home>シスター三木の創作童話>ママのいいつけを守ればよかった
いままで、じいーっじぃーっとないていたせみの声が、ぴたっと止みました。
「アイスキャンデー、空より青い、ブルーアイスキャンデー」
1人でお留守番をしていた、ヒカルちゃんは、いそいで2階にあがって窓をあけました。
青い帽子のやせたおじさんが、アイスキャンデーの車を押して、こちらへやってきます。
ヒカルちゃんは、小学1年生。
「ヒカル、ママが帰ってくるまで、お外に出ちゃいけませんよ。このごろ、ゆうかいされるこどもが多いそうよ。こわいわねえー。いいこと、ママが、ちゃんとおみやげを買ってきますからね、そうね、夏休みの宿題をしていらっしゃい、ね」
ヒカルちゃんのお母さんは、そういって、近所のおばさんたちと、お買物にでかけていきました。ヒカルちゃんは、ママのことばを思い出しながら、じーっと窓の下を見ていました。アイスキャンデーの押し車が止まりました。ヒカルちゃんの家の前です。青い帽子のおじさんは、アイスボックスをあけると、それはそれは青いおいしそうな棒キャンデーを1本、とり出しました。ヒカルちゃんののどが、ごくんとなりました。青い帽子のおじさんと、ヒカルちゃんの目があいました。
「おう、ぼっちゃん、アイスキャンデーはいかが、つめたくて、おいしいですよ」
ヒカルちゃんは、さっきから、ポケットの中の50円玉を、握ったりはなしたりしていました。
「ぼうやは、ひとりでお留守番、じゃ、お金がないんでしょう。いいよ、おじさんが、おごってあげよう。ほら」
「ううん。ぼく、50円もってる」
ヒカルちゃんは、ポケットから50円玉をとり出しておじさんにみせると、階段をかけ降りて表にとび出していきました。そして、とうとう、アイスキャンデーを買ってしまったのでした。
ヒカルちゃんは、アイスキャンデーを受けとるとき、あっと声を出しました。おじさんの顔が、青く見えたのです。青い帽子をかぶっているせいでしょうか……。それに長い顔、細くて高い鼻、大きな口、笑うと口の中が、オレンジに見えます。こわくなったヒカルちゃんは、いそいで門の中に入ろうとしました。
「ぼっちゃん、おもしろいものを、見せてあげよう」
おじさんは、そういって、アイスボックスの横にあった箱の中から、ブリキの人形をとり出すと、人形の背中についているねじを、ぎいぎいと巻きました。人形は、ゆっくり、ゆっくり腕を動かしはじめました。それは、棒キャンデーをなめている人形でした。
「わあーっ、おもしろい、まだ、あるのー」
おじさんは、つぎつぎと、箱の中から、人形をとり出して、ねじを巻きました。ヒカルちゃんも、動く人形につられて、アイスキャンデーをなめはじめました。
すると、どうしたことでしょう、アイスキャンデーの押し車がだんだん大きくなっていくのです。もう家くらい大きくなってしまいました。ヒカルちゃんは、なんとか声を出したいのですが、舌がこおってしまって声が出せません。
「はっはっは。これでまたひとつ、人形がふえた、うっふっふ」
お買物がえりのヒカルちゃんのお母さんは、見なれないアイスキャンデー売りの車に、出あいました。そして、台の上にのっている、ヒカルちゃんにそっくりの人形を見たのでした。
「ヒカルは、どうしてるかしら」
お母さんの足がはやくなりました。青い帽子に青い顔のおじさんは、オレンジ色の口をあけて、にやりと笑うと、ゆっくり、ゆっくり、車を押して、どこともなく去っていったのでした。