homeシスター三木の創作童話>Uターン

Uターン

雪の中の家

 これは、つい最近のできごとです。
 この小さな村の若者たちは、畑仕事をきらって都会に出て行ってしまいました。そしてまた、父親たちも出かせぎに行ってしまい、あとに残っているのは老人と女こどもばかり。どの家も雪に埋もれ、ひっそりとしずまりかえっていました。なかには、一家そろって引っ越してしまい、空き家になったところもありました。そんなある家に、ずーっと昔から座敷童子が住んでいました。そしてもうながいことねむっていました。だれもいない家の天井のはりの上に、童子はうつぶせになってねていました。

 「ううーっ!」
 座敷童子は突然目をさましました。『つーん』とめざしを焼くにおいが童子の鼻につきささったからです。童子は、『がばっ』と起きあがりました。

 「ああーたまんねえ、焼き魚のにおいだ。腹がへったなあ。おれ、“まま”くうのわすれていたよ」
 童子は、においのする下の方を見ました。

 「やや、やつ。人間だ」
 童子は、びっくりして叫びました。

天井のはりの上の童子

 シャツのえりに入ってしまいそうに長いちぢれ髪。はげっちょろけのGパンの上下を着た若い男が、いろりばたでめざしを焼いて食べているのです。童子のお腹が『ぐうー』となりました。童子は思わずお腹をおさえました。そのとたん、童子のからだは重心を失ってまっさかさまに下に落ちてしまいました。落ちたところは、なんとさっきの若者のあぐらのまん中。

 「うえーっ! なんだ、こりゃー人形かーきたねえの」
 腹ぺこの童子は、よろよろと立ちあがり、両足をふんばって若者のまえに立ちはだかりました。
 「ちがう。おれは、この家の主だ。座敷童子だ」
 「へえーこの家の主。座敷童子ねえ〜。はて、どこかで聞いたっけなあ。ああ、昔ばなしに出てくる日本の小人かあ。へーっ。おまえがね。は、は、は、は、ずいぶんきたねえけど、かわいいなあ」
 「そんなことどうでもいいわい。そのめざしおくれ。おれ、腹ぺこなんだ」
 「ああ、そうだったのか。こっちへ来てくえよ。心配するなってばさ、おれなんにもしねえよ。ひとりぼっちで飲むよりさ、おまえといっしょのほうがちっとは楽しいってもんだよ」

 童子は、どうやらこの若者は、危険な人物ではないということがわかったようです。そして、若者と同じようにあぐらをかいて、めざしにかぶりつきました。童子にとってめざしは大魚でした。
 「ねえ、あんちゃん」
 童子は若者のことをこう呼びました。
 「ねえ、あんちゃん。どうしてここに来たんだ」
 「おれか、都会の生活にあきちゃったのよ。おれ、大型トラックの運転やってたんだ。それにひとりぼっちだったもんなあ。とにかくおれ、もうつかれたよ。それでよ、のんびり生きたいと思って田舎に来たのさ」

 若者は、ごろりと横になりました。
 「あんまり忙しくっちゃさ、自分までなくしちゃうような気がしてさ。ここらでもういっぺん自分と出会いたいのさ」
 「ふぅーん、あんちゃん。いがいとむつかしいこと言うんだね。おれ、ちっともわかんねえ。それより、このめざしうめえなあ。もう一匹おくれ」
 童子は、無心にめざしにかぶりついています。

若者と童子

 「童子、おまえここでなにしてる」
 「おれ、この家の主だっていったろう。この家に住む物から、“まま”くわせてもらってあとはあそんで、それからねるだけさ」
 「ふぅーん。なまけものだなあおまえは」
 「そんなことないよ。おれたち、昔っからこうして生きてきたもん」
 「いいご身分だよ。おれたちゃ働かなけりゃ食えねえっていうのによ。そんで、おまえ死なないのか」  「死ぬ、死ぬってなんだ。ああ、あの土まんじゅうになるってことか」
 「土まんじゅうねえ、まいったよ」
 若者は大の字になって天井に向かい、たばこの煙をぷうーっとふきあげました。

 「ところで童子、おまえ、この家の主っていったな。どうだ、おれここにおいてくれるか」
 「ああ、いいとも。そんかわり、毎日“まま”くわせてくれろよ」
 「よーし。おやすいご用だ。じゃ、これで『けいやくせいりつ』だぞ」
 童子は、まだわからないというような顔をしてめざしにかぶりつきながらいいました。

 「ひとりよりふたりの方がいいね」
 「まあな」
 いろりの火が、“ぱちん”とはじけました。
 若者と童子は、いっしょに笑い出しました。ふたりは、もうすっかり友達になっていました。


LAUDATE TOPへトップページへ

▲ページのトップへ