home>シスター三木の創作童話>かあちゃん
ぼくの名前はタモツ。小学校五年生。ぼくの母ちゃんは、ビルの掃除をしている。ぼくは、小さいときからずーっとかあちゃんと二人きりだった。父ちゃんは、どこかにいるらしいけど、母ちゃんは、それを言いたがらない。だから、ほんとうは、ぼく『父ちゃんどこにいるの』って聞きたいけれど、がまんして聞かないことにしている。
「タモツ。ぼけーっとテレビなんか見てないでさっさとお風呂に入りなさいよ。きょうは母ちゃんも、早く入ってやすみたいんだから」台所で母ちゃんがどなっている。母ちゃんの声って大きいんだ。ふだん広いビルの中でしゃべっているせいかもしれない。
また母ちゃんのかけ声がかかった。
「タモツ。背中を流してあげようか。あんたのお風呂は長いんだから。とけてしまうよ」
ぼくの背中をこすりながら、母ちゃんは言った。
「タモツ。おまえ、きょうはへんだよ。なにかあったのかい」
「ううん、べつに」
「そんならいいけど……それじゃ、あったまってひえないうちにおやすみ」
母ちゃんは、ぼくの背中にざあーっとお湯をかけて、お風呂場から出て行った。お風呂からあがったぼくは、母ちゃんが敷いてくれたふとんに大の字になった。
じつはぼく、かあちゃんに言わなけりゃならないことがあるんだけど、言い出せないでいるんだ。それでずっとそのことを考えていたんだ。今週の土曜日は、授業参観日だ。ぼくは、母ちゃんが、サトルくんやヤスシくんのところのお母さんみたいにスマートで、いい匂いがしていて、きれいだったらなあと思う。
ぼくの母ちゃんは、背が低くてずんぐりむっくりしている。髪の毛もボサボサだ。手もゴツゴツしている。おまけに前歯が一本抜けている。だからよけいに年とって見える。『きょう、母は仕事でこられません』って先生にうそついちゃおうかな。でも、うそなんかついちゃいけないよなあ。うちは父ちゃんがいないんだもんなあ。母ちゃんが働いてくれてるから、ぼくは学校へ行けるんだもんな。母ちゃんってかわいそうだな。おしゃれができないんだもんなあ」
母ちゃんが洗たくをしているらしい。洗たく機の音がだんだん遠くなる。
朝、起きたとき、母ちゃんはもういなかった。母ちゃんは時々、早出する。ぼくは窓のカーテンを開けた。雨が降りそうだった。
「母ちゃん、カサを持って行ったかな。あっ、また忘れてる。このごろ母ちゃんって忘れっぽくなったみたいだ」
夕方になって雨はどしゃ降りになってきた。ぼくは、母ちゃんが働いているビルへカサを持って迎えに行った。あっ、いる、いる。母ちゃんが、せっせと棒ぞうきんを横に振って床をふきながらバックしてくる。
「オバサン。ごくろうさん」
「オバサン。お先に」
帰り支度の会社の人たちが、母ちゃんに声をかけていく。母ちゃんは、顔もあげないで床をふいている。
「母ちゃんカサ持ってきたよ」
母ちゃんは、びっっくりして顔をあげた。
「タモツ。雨が降っているのかい。ビルの中にいると、まったく外のお天気がわからないよ。ありがとうよ」
母ちゃんの顔はとてもうれしそうだった。
「母ちゃん、今週の土曜日は授業参観日だよ」
「おや、そうかい。それじゃ母ちゃんも、おしゃれでもして行かなくちゃね」
ぼくは、ドキッとした。
「いいよ。そんなこと。どうでもいいよ」
ぼくは、あわてて言った。ぼくは、なんだか照れくさく、はずかしかった。