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シスター三木の創作童話

8月15日

窓辺に置かれたマリア像

 その日は、みんなどこかへ行ってしまったかのようにしずまりかえっていました。みんな家の中に入って、ジージーと雑音を立てて聞きとりにくいラジオの前にすわっています。手をあわせておがんでいる人もいました。ミワちゃんは、そんなおとなたちの中で、お母さんの横にすわっていました。ミワちゃんは、頭がとてもかゆくてたまりません。あせもができているからです。− 行水してあついお湯を頭から、じゃあ、じゃあかけてもらいたいなー海に行って、つめたい水にかゆい頭をざぶんとつけたいなー そうしたらかゆくなくなるのに、この放送、はやくおわらないかなあーって考えていました。

 そのときです、とつぜん、隣のおばさんが、
 「ううっわあー」
 と泣きはじめました。サッちゃんのところのおばさんです。カズちゃんのおばさんも、たたみに頭をすりつけて泣いています。どうしたのかしら・・・

 お母さんは? 泣いていない − まっさおな顔をしてだまっています。
 「お母さん! どうしたの、おばさんたちみんな泣いてるよ」
 「ミワちゃん、かえりましょう」
 お母さんは小さな声でそういうと、泣いているおばさんたちに、黙って頭を下げ、ミワちゃんの手をとって外に出ました。

 しばらくして、あるきながらお母さんは、いいました。
 「ミワちゃん、戦争が終わったのよ。お父さんが、おかえりになるわ」
 「戦争が終わったの、それじゃあ勝ったの」
 「いいえ、負けたのよ。でもいいの。戦争はもう終わったの、空襲も、もうないわ……」
 「お父さんが、かえってくるの? サッちゃんのお父さんもかえってくるんでしょう」
 「いいえ、サッちゃんのお父さんは、戦死なさったのよ、おとといだったわね、戦死の知らせが入ったのは・・・もう少し、生きていらっしゃたらね」

 お母さんは、ひとりで泣いて、ひとりでしゃべっています。ミワちゃんの手を握っているお母さんの手に力が入ります。
 「お母さん、手がいたいよ」
 「あら、ごめんね。戦争ってほんとうにいやね。こんな戦争、もっとはやく終わっていたらよかったのよ」
 お母さんの足が、はやくなりました。ミワちゃんは、引きずられたようなかっこうになって、お母さんについて行きました。お母さんは、焼けあとに立てられた急ごしらえのトタン張りのこの家に入ると、買い物かごにあった新聞紙をとって、鼻をぷーんとかみました。

 「あーいやあーお母さん、ひげが生えている」
 ミワちゃんは、お母さんの顔を見上げて笑い出しました。
 「えーっ。あらほんとうね。お父さんみたい」
 とお母さんは、柱にかかった小さな鏡をのぞきこんでいいました。そして、くるりと、ミワちゃんの方をふりむくと、
 「ミワ。ただいま、かえりました」
 そういってお母さんは、泣いた顔でおどけてミワちゃんに、兵隊さんの敬礼をしました。鼻の下のひげがゆがんでいます。
 「ミワちゃんは、赤ちゃんだったから、お父さんのことおぼえていないでしょう。お父さんは、えらい兵隊さんなのよ。だからおひげがあるの」
 「うん、ミワ知ってるよ。写真で見たもん」

敬礼するおかあさん

 お母さんは、ふところから小さな包みを取り出してあけると、中から白いものを取り出して窓べにおきました。トタン小屋のガラスなしの窓辺で、青い空をバックに両手を広げた小さな像が立っています。
 「さあ、これから、マリアさまにも、青い空を見ていただくのよ。そうだわ! きょうは、マリアさまの日だったわね」
 お母さんは、ひとりごとのようにそういいました。

 朝、水とんを食べただけのミワちゃんのお腹が、ぐうーとなりました。
 「お母さん、おなかがすいたあー」
 「あら、ほんと、お昼、まだだったわね。なにかあったかしら」
 お母さんは、前かけのひもをしめ直しながらドラムかんの上にある、おなべのところにいきました。


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