home>シスター三木の創作童話>仁平さんのふるさと
ある日のこと、仁平さんは、急に思い立ってふらりと下りの新幹線にのった。ふるさとを見に行こうと決めたのである。
そのきっかけは、こうだった。絵の好きな仁平さんは、いつものようにスケッチに出かけた。そして、大きなアカシアの木に出会ったのである。秋立ってきた風にゆれるアカシアの葉を見ているうちに、仁平さんは、遠い昔のことを思い出した。
「あーそうだったなあー 小さいころは、こんなアカシアの木の下でよく遊んだなぁー 白い花がいっぱいに咲いていて、甘い匂いがしてたっけなあー」
仁平さんは、ひざをかかえるようにして、アカシアの木を見上げていた。
仁平さんが、小さいときに過ごした第一のふるさとは、いまの仁平さんにとって帰ることのできない遠い国になっていた。
「あー、あそこは、もう帰れないふるさとだ。それじゃ、一体ぼくのふるさとは・・・」
と仁平さんは、自分のふるさとはどこなのかと考えはじめた。そして、ふるさと探しに出かけたというわけである。小さいときから、転々と家をかわった仁平さんにとって、一体どこが自分のふるさとなのか、はっきりしなかったのである。
目をとじると、れんげの畑が見える。あの横のあぜ道を自転車で通ったっけなぁーと思っても、それがどのあたりのことだったのか一向に思い出せない。しかし、れんげの花が好きなのは、この花に幼いときの思い出があるからなのだ。仁平さんは、ぼんやりと車窓の景色をながめながら、子どものころのことを考えていた。そしてふと気がついた。
「そうだ。あの教会に行ってみよう。10月になるとロザリオの祈りが行われていた教会。香の煙が立ちこめて、清らかな香りがただよっていた教会。カマボコ兵舎のようなバラックづくりで、ぱりっとのりのきいた白い木綿のカーテンが夏の風にゆれていた・・・。祭壇の右脇に青いろのマントの大きなマリア像があった・・・そうだ、ぼくのふるさとはあの教会だ」
仁平さんは、目的の駅につくと、タクシーをとばしてまっすぐに教会へ行った。ところがタクシーの運転手は、そんな教会は知らないというのである。仕方なく仁平さんは、タクシーのガイドをして教会がある町まできた。しかし、教会はどこにも見あたらなかった。そのかわりに色とりどりの布団が干してある五階建てのマンションがあった。
「あのー、ここにカマボコ型の教会があったでしょうー」
と仁平さんは、マンションの管理人にきいてみた。
「あー、あの教会は、どこでしたっけね、移転しましたよ。そのあとに、このマンションが建ったんです」
仁平さんは、がっかりした。そして、気がつくと、仁平さんの足は、海の方へ向かっていた。そこも仁平さんにとって思い出のあるところだった。干潮のときには、海の中ほどに州ができた。仁平さんは、そこでよく貝を堀ったものだった。いま仁平さんは、その思い出の海の防波堤に立っている。真夏の太陽をあびて白く光っていた白い砂浜は見るかげもなく埋め立てられて車道になっていた。車が気持ちよさそうに走って通りすぎ、その度に仁平さんの髪を乱していった。
「チクショウ! ここもだめか」
仁平さんは、背広を肩にかけると、こんどは山の方に向かってあるき出した。教会帰りによくのぼった山、眼下に菜の花畑が黄色いじゅうたんのように広がって、遠くに海がチカチカッと輝いていた。ところがあるいても、あるいても、仁平さんは、その山に出会わなかった。小さいときに見た山は、遠く奥の方に退いて見えた。そしてあたり一面に、団地が広がっているだけだった。仁平さんの心に大きな穴があいて、秋の風がすーっと吹きぬけていった。仁平さんは、呟いた。
「ぼくのふるさとは、どこなんだ」
でも、仁平さんは、あきらめなかった。もう一つの希望、それは、あの教会にあったマリア像を探すことだった。仁平さんは、苦笑しながら言った。
「ぼくのおふくろを探しに行こう」と。