home>シスター三木の創作童話>母さんヤモリ
いちばん星が、西の空で、チカチカっと大きくひかりました。うす暗くなった草むらでは、コオロギが、コロコロコロっと鳴いています。そして、団地の窓という窓には、色とりどりのあかりがともりました。オレンジやブルーのランプシェードのせいで、暗い外から見る窓は、ぼんやりとかすんだステンドグラスのように見えました。
そんなとき、チビちゃんヤモリが何ということなしにしのびこんだ家では、夕ごはんの最中でした。チビちゃんヤモリは、いままでいつも草むらとか、ゴロゴロした石の道とか、ザラザラのアスファルトの道しか知りませんでしたので、この家のミルク色の白い床には、ほんとにびっくりしてしまいました。だって、チビちゃんヤモリが映るくらいピカピカにひかっているからです。チビちゃんヤモリは、つるつるすべる床がおもしろくて、あっちこっち、チョロチョロとはいまわりました。
「あら、小さいヤモリ、ヤモリの赤ちゃんだ」
「どこどこ、あらほんと」
「ああっ。アミ戸に母さんヤモリがいる。チビちゃんヤモリを迎えにきたんだよ。チビちゃんを出してやろう」
子どもたちは、ホーキをもってきてチビちゃんヤモリを追い出しにかかりました。
「いやーね。およしなさい。ごはんの最中でしょう。ホーキなんかふりまわしたらきたないじゃないの。自分で入ってきたんだから、自分で出ていくわよ。パパなんとかして! 」
子どもたちのお母さんが、キーキーおこっています。子どもたちは、チビちゃんヤモリが逃げこんだルームヒーターをたたいて、チビちゃんを追い出してたすけてやろうとしているのですが、そんなことを知らないチビちゃんヤモリは、じーっと息をひそめて、ヒーターとかべの細いすき間にくっついています。そして心の中で、「母ちゃん、母ちゃんこわいよ」と声にならない声で鳴いてました。
「おいおい。ほっといた方がいいぞ。そんなにおどかしたら、かえって出てこないぞ」
そういったお父さんの一声で、子どもたちは、チビちゃんヤモリの救出作戦を中止しました。そして、ごはんを食べているうちに、チビちゃんヤモリのことは、すっかり忘れてしまったのです。
それから、五日間ほど、このチビちゃんヤモリは、この家にいました。チビちゃんヤモリのお母さんは、まい日まい日、昼も夜も、この家のアミ戸にくっついてチビちゃんヤモリを呼んでいました。セミが、ジリジリ鳴いてあつい日中も、熱でやけたアミ戸にへばりついていました。えさを食べるのも忘れてヤモリの坊やを呼んでいました。えさをとって食べている間に、坊やが出てきたら……と思っていたのかもしれません。お母さんヤモリは、飢えと暑さでだんだん手足がしびれてきました。そして、なんだか遠くにいくような気持ちになっていきました。
「あら、この間のヤモリがまだいるわ。ほらほら、ここから出ていきなさいよ。ああよかった。やっと出ていったわ。バイバイ」
女の子があけてくれたアミ戸から、チビちゃんヤモリは、やっと外に出ることができました。
「母ちゃん、母ちゃん。お腹がすいたよー」
お腹がペコペコのチビちゃんヤモリは、かすかな鳴き声をあげて、かべをはい下りていきました。そんなチビちゃんヤモリの横に何か黒い干からびたかたまりが、落ちてきてチビちゃんヤモリのしっぽにあたりました。
「いたいよー。母ちゃん。ぼくはここだよー」
チビちゃんヤモリは、あわてて草むらの中に逃げこみました。涼しい風が、さあーっと吹いてきて、草むらをゆすり、チビちゃんヤモリの声を消していきました。チビちゃんヤモリがつまずいた黒いかたまりは、ひっくりかえって灰色のお腹を見せていました。それはあの母さんヤモリに似ていました。