home>シスター三木の創作童話>こんどはだれのかち
北風が、風の袋からつめたい風をしゅぱーっと出して太陽にあいさつをしました。
「やあ、太陽くん。いつものようにかがやいてるね」
太陽は、真っ赤なマントをいっぱいにひろげてこたえます。
「やあ、北風くんこそ、風袋が、はちきれそうじゃないか」
そしてふたりは、同じときに、同じことを思い出していました。それは、あの「旅人のマント」のことです。北風と太陽が、旅人のマントを、ぬがせっこしたとき、北風がいくら強く吹きつけても、マントをぬがせることができなかったのに、太陽は、じりじりとしたその熱で、とうとう旅人のマントをぬがせてしまったという、あのできごとを思い出していたのです。こんどは、太陽がいいました。
「北風くん。また、あのときのように、なにか競争しようじゃないか」
「ああ、いいね。ひさしぶりだもの。あのときは負けたけど、こんどは、そうはいかないよ。それで目標はなににする。きみにいい考えがあるのかい」
そこへ、野原の中の一本道を、ひとりの若者があるいてきました。若者は、コートのえりをたて、両手をポケットにつっこんで、力なくあるいています。
「ごらん、北風くん。ちょうどいいところに人がやってくるよ」
「太陽くん。上着をぬがせるっていうのはもう古いよ。なにかあたらしいことをしよう。ね、太陽くん、あの若者、さびしそうだね。なにか考えこんでいるようだよ。そうだ、あの男の心の窓をあけるっていうのはどうだろう」
「ああ、いいね。でもむつかしいなあ。じゃ、こんどは、ぼくからはじめようか」
太陽は、あのときのようにじりじりと照りつけてみました。若者は、コートのボタンをはずし、マフラーをとってポケットにつっこみました。そしていいました。
「ちぇっ。自然まで狂ってくれるのか。冬だというのに、ばかに照りつけるじゃないか」
でも、コートはぬぎませんでした。そこでこんどは北風が、風を起こしました。風袋にいっぱいにつまった風を一気に出したので、たいへんなことになってしまいました。太陽の熱でかんそうしていた地面の土ぼこりが、あたりに舞いあがって空気をよごしてしまったのです。若者は、いっそう身を固くしてコートの前をかきあわせ、首をすぼめて、目も口もしっかりとじて、前かがみにあるくようになりました。そこで太陽は、やり方をかえました。太陽の熱を少しずつ出すことにしたのです。北風も、いちどに風を出さないように、風袋の口をほんの少しあけたのです。若者は、風がおさまり、いくらかすずしくなったのに気づいたようです。若者は、ポケットから手を出しました。そのはずみに、マフラーが、ポケットからすべり落ちてしまったのです。腰をかがめてマフラーを拾おうとしている若者のひたいの髪の毛を、北風は、そっとなでてやりました。そして、若者の手の近くにあったたんぽぽの胞子を飛ばしてやりました。飛んでいくたんぽぽのあとを追った若者の目に、どこまでもつづく青い空と、やわらかい冬の陽をあびた冬枯れの野原がうつりました。北風は、ここぞとばかりやさしい風を送って枯れ草をならしました。太陽も負けてはいられないとばかり、熱と光をそそいで野原に色をつけました。
「ああ、きれいだなあ」
若者のほほが、かすかに赤味をおびたように見えました。目も一段とおおきくなりました。
「そうだ。もう一度、描いてみるんだ」
若者は、コートのすそをひるがえして、もときた道をいちもくさんにかけていきました。
北風は、太陽にいいました。
「こんどの勝負も、やっぱりきみの勝ちかな」
太陽は、いいます。
「いやあ、そうじゃないよ。きみの風が、たんぽぽの種を飛ばしたんだもの」
「でも、きみの光はきれいだったよ。ぼくだって、冬の野原ってきれいだなあーって、思ったもの」
「じゃ、あいこだー」
ふたりのわらい声が起こした枯れ草の波が、ずーっとむこうの雑木林までつたわっていきました。