home>シスター三木の創作童話>フーちゃんの母の日
小学校2年生のフーちゃんは、母の日のために赤いカーネーションを買ってきました。それに花もようのハンカチーフをつけて“ママありがとう”っておいわいしてあげたかったのに、ママは、朝早くから出かけてしまったようです。フーちゃんは、鏡の前でおひげをジョリジョリやっているパパにききました。
「ママは、またお出かけ」
「そうなんだ。またお出かけだよ。母の日の生放送に出るんだってさ」
フーちゃんのママは、いつもこうなのです。きょうは、何とかの女性の会、あすは何とかのお集まりといって、いつも外出ばかりしています。きょうも、せっかくの母の日なのに、ママがいないなんて。悲しくなったフーちゃんは、自分のへやの入ると、ドアをぴしゃりとしめました。
「つまんないのォ。母の日なのにィー。ママったら、お出かけなんてェー。いいわ。くまさんにママになってもらうから」
フーちゃんは、ぬいぐるみのくさまんに、ママのエプロンをかけてあげました。それからお客様用のテーブルかけを持ってきて、フーちゃんのへやのじゅうたんの上に広げました。フーちゃんは、やわらかいみどりの野原にいるような気がしてきました。赤いカーネーションをさした花びんとピンクのリボンをかけたプレゼントの包みを真ん中におきました。
「フーちゃん。めしにしようか」
パパの声です。
「わたしね、くまさんといっしょに食べるの。パパ、だから、なんでも二人分ちょうだい」
フーちゃんは、お台所にいって、ミルクにジャムにバター、それからバナナとみかんもお盆にのせました。
「ほう、ままごとかい。パパもいこうかな」
「だめ。きょうはだめ。パパも、ママもだれもきちゃだめ」
フーちゃんは、床に広げたテーブルかけの上に、朝食を並べました。そして、自分もその上にすわりました。
「くまのママさん。きょうは何の日か知っている? 母の日よ。おめでとうママ。いつもありがとうございます。はい、これプレゼントよ」
フーちゃんが、ピンクのリボンの包みをさし出すと、大きなぬいぐるみのくまさんは、それを受けとりました。
「さあ、ママ、ミルクでいいかしら。はい、熱いうちに召しあがってね」
くまさんは、ミルクカップを手にとって、ごくん、ごくんとのどをならしながらミルクをのみほしました。
「あら、早いのね。おかわり。フーちゃんのもあげるわ」
くまさんは、またそれも、ごくんごくんとのみほしました。フーちゃんは、ぬいぐるみのくまさんが、プレゼントを受けとったり、ミルクをのんだりするのを、ふしぎと思いませんでした。フーちゃんは、広い野原でピクニックしているんですもの。
「ママ、きょうは一日中、フーちゃんといっしょね。うれしいなあ。ねえママ、もっと遠くにいきましょうよ」
フーちゃんと、くまさんは、相談しました。
「パパ。ママといっしょに、ハイキングにいってきます」
新聞を読んでいたパパは、フーちゃんとくまさんが手をつないで出かけていく後姿を見て、なんだかへんだなあーと思いましたが、ちょうど、銀行強盗事件を読んでいたところだったので、それ以上考えなかったようです。すぐに、新聞の中に入っていってしまいました。
それからしばらくたって、フーちゃんのママが帰ってきました。
「ただいまーフーちゃん。ごめんなさいね。おそくなって、車が混んで混んで。あら、フーちゃん、いないの」
フーちゃんのママが見たものは、新聞をかぶってねているパパと、フーちゃんのへやに広げられた特別上等のテーブルクロス。そしてその上のカーネーションと包み。ミルクのカップにバナナやみかんの皮などでした。
「ねえ、あなた。フーちゃんはどこなの」
「ああ、帰ってたのか。フミコか。ああ、さっき外に遊びにいったよ」
「遊びにいったって。それいつのことですか。だめじゃありませんか、どこにいったのか気をつけてくださらなきゃ。こどもの誘拐が多いっていうのに、困ったパパだわ」
パパは、窓を開けて、マンションの中庭にある公園に目をやりました。
「おーい。フーちゃん。ママのお帰りだぞ」
「なんですねえあなた。そんなところから大きな声をお出しになってご近所迷惑ですわよ」
ママは、テレビの中にいるときと同じように上品にフーちゃんに向かって手を振りました。パパの声に気づいたフーちゃんは、すべり台の上から手を振っています。隣にいるくまさんも手を振っているように見えます。
「なんだかへんね。きょうは、母の日よ」
ママは、ちょっと不機げんのようです。
パパは、ママに背を向けたまま、ぽつんと一言いいました。
「そうだったんだよ」