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シスター三木の創作童話

ぼうしのくに

 ある日の朝刊にこんな記事がのっていました。

“大人がかぶせる帽子による子どものアレルギー発生! 現代最大の奇病流行”― 大人がえらんでかぶせる帽子をかぶった子どもたちの頭に、紫色のしっしんができる。この症状を起こした子どもたちは、次第にからだがちぢんできて最後には、その子どもたちの考え方や心までも小さくなってしまう。さらにそれが悪化すると、子どもは死ぬ ― という恐ろしい病気が、いましずかに流行しはじめている。この奇病の治療法は、ただひとつ。大人がえらんだ帽子を子どもにかぶせないことである。これ以外の治療法はない ―

花

 ところが、この国の大人たちといえば帽子なしには生きられなかったのです。みんないろいろの帽子を持っていて、1日に何回も帽子を取り替えるのです。

 奥さんたちは、「きょうは、学校の父兄会だわ。あの帽子にしましょう。帰りには、三角の奥さまとおあいするから、こちらにするわ」と、外出のときは、いくつもの帽子を重ねてかぶっていくのです。女の人ばかりではありません。立派な紳士も、そうなのです。
 「あすは、四角社の社長とゴルフにいくから、社長のお伴用の帽子を持っていかにゃならん。あっそうだ、夜は、ブラウンさんとの商談に出るんだったな。ああ、きみ、その帽子も準備しといてくれ」
 重役さんにこう命令された秘書は、その日の重役のスケジュールにあわせて、いくつもの帽子を、重役の車まで運ばなければならないのです。この国の大人たちは、帽子をかぶっていない裸の頭では、生活していく自信が持てなかったのです。だから、自分の愛する子どもたちにも、帽子をかぶせたがるのでした。それで、新聞にあんな記事がのったにもかかわらず、大人たちは、やっぱり、帽子に気をとられていました。ところが、子どもたちは、帽子が嫌いでした。そのわけを聞いてみましょう。

いろんな帽子

 「だってさ。勉強するときの帽子をかぶると、ガリガリ勉強していないと落ちつかなくなるんだよな。遊びたいときに、勉強が気になったら面白くないじゃん」
 もうひとりの子が答えます。
 「そうなんだよな。ぼくだって、テストキャップをかぶったら良い点をとろうと、ばかにがんばっちゃうんだよな、点取り虫になっちゃうんだよな。かっこわるいよな点取り虫って」
 「それに、アレルギーになるって言うじゃん。死ぬんだって。ぼくたち、大人になっておじいさんになるまで、うん、それよりもっと、もっと生きていたいもんな」
 「どうして、大人って帽子が好きなのかな。あれっ、おじさん。帽子かぶってないの。へえーどうして」

帽子をかぶっていない若者と子どもたち

 そうなんです。子どもたちに、いろいろと質問している若い新聞記者は、めずらしいことに帽子をかぶっていませんでした。
 「はっはっは。やっと気がついたのかい。ぼくはね、帽子をかぶるの、やめたのさ」
 「どうして」
 「帽子をかぶって立派に見られようとつとめるってことは、きゅうくつなことだってね、気がついたのさ。ぼくは、ぼくでいいんだよ」
 「ふうーん。そうか」
 「ぼくたちだって、ぼくたちでいいよな、みんな。ぼくはぼく」
 「わたしは、ぜったいわたしよ」

 子どもたちは、帽子を脱ぎすてました。夕暮れの空に子どもたちの帽子が舞い上がっていきました。
 帽子をかぶっていない若者と子どもたちが、街の中をあるいていきます。これを見た他の子どもたちも、自分の帽子を空に投げてついていきました。

 『ハンメルンの笛吹き』のような出来事が、いまここで起こったのです。子どもたちの姿が、町の通りから消えてしまったころ、大人たちは、やっと外に出てきました。それぞれ、新しい帽子を手にしています。“アレルギーにかからない改造帽子”というのを手に持って。それは、大人たちが、一日中研究してやっとつくった新しい帽子でした。


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