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シスター三木の創作童話

ぼくだって いくよォーダ

お兄ちゃんのへやのマスコットのアザラシと大ちゃん

 もうすぐ夏休み。大ちゃんのお兄さんは、夏休みに、ハワイに“波のり”にいくのだといって、せっせとアルバイトをしています。
 「いいなあ、お兄ちゃんは。お兄ちゃんは、どこでもいけるのに、どうしてぼくだけ、病気ばっかりするのかな。かみさまって不公平だよ。お兄ちゃんとぼくと、はんぶん、はんぶんにしてくれたらよかったのにな」

 大ちゃんは、お兄ちゃんのへやのマスコットのアザラシが大すきです。大ちゃんは、お兄ちゃんのへやで大の字になってねています。お兄ちゃんは、お出かけです。大ちゃんは、ことし一年生。小さいときから気管支が弱くて、すぐに風邪を引きます。そして、ぜいぜいとのどをいわせていることが多いのです。だから、元気いっぱいの大学生のお兄ちゃんが、うらやましいのです。

 お兄ちゃんのへやのじゅうたんは、きょうの空と同じ、濃いブルーです。大ちゃんは、窓から見える青い空と、ふわふわの白い雲を見ながら、だんだん自分が、海の上に、ぽっかりと浮かんでいるような気持ちになっていきました。大ちゃんは、波にゆられていきながら、とつぜんなにか、かたいものにぶつかりました。  「いたいっ! あれ、氷だ」
 「やあ、大ちゃん。ぼくです。ぼく」
 大ちゃんにぶつかってきた氷の上に、アザラシの子どもがのっていました。どこかで見たアザラシです。ちっともこわくありません。まっくろの鼻と、大きな目。
 「ああ、お兄ちゃんのアザラシだ」

 アザラシの子は、どぶんと、大ちゃんの横にとび込んできました。そして、大ちゃんと同じように、くるりっと上を向きました。
 「大ちゃん、みてごらん。ぼくもおへそをもってるよ。ね、大ちゃん、ぼくの背中にのってごらん。遠くへつれてってあげるから」
 「うん! ハワイよりも遠くにつれてってね」
 大ちゃんをのせたアザラシの子は、氷山と氷山の間を、すいっ、すいっと泳いでいきます。
 「大ちゃん、ぼくつかれたからちょっと休むね」
 アザラシは、平ったい氷の上に、ひょいとのぼりました。あんなに泳いだのに、アザラシも大ちゃんも、ぜんぜんぬれていないのです。アザラシの毛は、すべすべしていて気持ちがいいのです。大ちゃんは、アザラシにもたれて氷の上に、ねそべりました。

アザラシの子に乗った大ちゃん

 「この氷、ちっともつめたくないんだね」
 「そうだよ。ぼく、氷をつめたいって思ったことないなあ。だってつめたいって思ったらのっかってなんかいられないもの、氷の上って気持ちがいいもんだよ」
 アザラシと大ちゃんをのせた氷の板は、ぷかぷか浮いて、広い海の上を流れていきました。すっかりいい気分になった大ちゃんが、ふと気がつくと、それはそれは広い広い海の真ん中に、大ちゃんをのせた氷が浮いているだけになっていました。何だか心細くなりました。

 「アザラシさん、どうしよう。あれっ、いない! アザラシがいない。ぼくひとりぼっち」
 びっくりした大ちゃんは、氷の上に立ちました。重心を失った氷は、ひっくり返って、大ちゃんを海の中に落っことしてしまったのです。
 「たすけて、だめ、ぼく泳げない」
 大ちゃんは、海の中へ、すーっと吸い込まれていきました。そのときです。すーっと、だれか大ちゃんのからだをすくいあげてくれたものがいます。アザラシの子です。
 「ひどいよ、ひどいよ。ぼくをおいてどこにいってたの」
 大ちゃんは、アザラシの首に、しがみつきました。ところが、アザラシの顔が、お兄ちゃんの顔になったのです。

 「どうしたんだい。大ちゃん」
 「あっ、お兄ちゃん。ぼく、南極にいったんだよ。ほら、あんな氷の上にのっかってさ。アザラシといっしょだったんだよ」
 青い空に、白い雲がいくつも浮かんでいます。そして、お兄ちゃんのアザラシは、大ちゃんの手の中に、しっかりと握られていました。
 「ぼく、もう、うらやましくなんかない。ぼくは、南極までいったんだもの。ハワイよりずっと遠かったよ」
 お兄ちゃんは、大ちゃんを、どすんと床に下ろしながらいいました。
 「へえー、おれのアザラシといっしょにかい。あれ、ペンギンや、ほかのアザラシをくっちまうおそろしい“ヒョウアザラシ”だぞ」
 「そんなことないよ。ぼく、このアザラシの背中にのったよ。ぼく、アザラシ大すきだ」
 大ちゃんの手の中の小さなアザラシの鼻が、ひくひくっと、とじたりひらいたりしたように見えました。


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