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シスター三木の創作童話

ああ、あんなこといっちゃって

 5年3組の昼休み。いよいよ、あと5日で夏休みになります。
 「大山くん。きみ、夏休み、どこかにいく」
 「うん。大阪のおばあさんのところへいくよ。おばあさん、ぼくに甘くってね、うーんと、こずかいをはずんでくれるんだ」
 「へえー。いいなあ。やすおくんは」
 「ぼくも、四国のおばあちゃんのところにいくよ。海の近くなんだ。うーんとおよぐぞ。まっ黒になってかえってくるからね」
 「ぼくは、北海道だ。姉さんが北海道にお嫁にいったろ、それで、お母さんが、あいにいくんだって、だから、ぼくもついていくってわけ。で、まさるは」
 「うん。ぼく、まだ、きめてないんだ」
 「どこにも、いかないの……」
 「いいや、いくさ。どこかにいくさ。でもまだ、はっきりしてないってわけ」

 まさるくんは、わざと声をはずませて、そういいました。心の底を見られるのがつらかったからです。
 学校から帰ったまさるくんは、宿題をしようと思って机に向かいましたが、どうしても問題の意味がわかりません。字が目に入らないのです。休み時間のあの夏休みの話を思い出していました。
 「どこかへいくっていったけど、どこにもいけっこないよな、いまのうちの状態じゃ。父さんは失業中だから、母さんが働きに出てるんだもの。ぼくだけ、遊びまわるってわけにいかないよ。そんなことわかってるんだけどみんなが楽しそうにいってるのに、なんだかみじめで、ほんとのこといえなかったんだよな。でも、おれっていやだな。あんなこといって、うそみたいじゃないか……」

夏休みの予定を話す子どもたち

 まさるくんは、学校の休み時間に、うそをついてしまったような気がして、自分がいやになってきていたのです。
 「ただいま帰りました。おう、まさるくんか。きょうは、はやかったんだね。うん、どうしたんだ。ばかにしょげてるじゃないか、何かあったのか」
 「ううん。ちょっと。山本さんは、夏休みにも家に帰らないんですか」
 「やあ、まいったな。バイトの口があってさ、ふっちゃうのも惜しいし、それに買いたいものも、しこたまあるからさ。ちょっとかせごうと思ってね」

 山本さんというのは、まさるくんのお父さんが失業してから、この家の二階に下宿している大学生のお兄さんです。
 「まさるくん。宿題がなかったら、あがってこないか」
 まさるくんは、何だかくさくさしていて、勉強も手につかないので、山本さんのへやにあがっていきました。

 「お父さんの仕事見つかったの」
 「ううん。まだみたい。きょうも仕事をさがしに出かけたんだと思います」
 「そうか、気の毒だな。はやく仕事がみつかるといいね」
 まさるくんは、山本さんが、自分に気づかってくれるのに、自分の心の中を話さないでいるのって、なんだかわるい気がしてきました。

 「山本さん。ぼくね、きょう、うそついちゃったんだ。ほんとのうそじゃないけどね。うそみたいなものさ」
 「ほう、うそいったって、どんな……」
 山本さんは、まさるくんに、クッキーのかんをすすめてくれました。
 「きょう休み時間に友達と夏休みにどこにいくかって話をしてたんです。みんないろんなところにいくんだもの。で、ぼくもいけっこないってわかってたけど、いい出せなくて、まだきまってないけど、どこかにいくって、いっちゃったんです。だって、ぼくの父さん失業中でしょう。だから……」
 「ああ、それで、くさってたのか。そうだな、男らしく、ぼくはいかれないんだって、はっきりいえたらよかったな……でも、どこにもいかないって、きまったわけでもないだろう。たとえばさ、ぼくが、まさるくんをつれて、キャンプにいくってことも考えられるしさ」
 まさるくんは、びっくりしてきき返しました。
 「そんなこと、できるの」
 ひとりっ子のまさるくんには、考えられないことでした。まさるくんの目が、生き生きとしてきました。
 「うん。できるさ。やくそくしよう。どこにいくか、いっしょにきめよう」
 「ほんとー、うれしいなあ」

 山本さんは、いまのいままで、キャンプにいこうなんて考えてもいなかったのでした。けれど、まさるくんを、よろこばせてあげようと急に思いついていったことなのです。
 「でも、ぼく、こんどから、あんなことは、いわないことにする。ごまかしてるみたいでいやだもの」
 山本さんは、にっこりして、タバコの煙を天井に吹きあげました。心が軽くなって、はればれとしたまさるくんは、いそいで宿題をしてしまおうって気になったのでした。


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