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「おい! どうしたお前たち、たるんどるぞ。もう夏休みは、終わったんだ。なんだ、みんな! ぽけーっとして、さあ、頭を切り替えるんだ。背すじをのばして、しゃんとしろ!」
2学期、第1週目の5年生の教室。担任の先生の“激”がとんでいます。窓辺の後ろから2番目の席にいるごろうくんは、先生が言っているように、ぽけーっとして、窓の外を見ていたのでした。先生が、“活”を入れてくれているけど、その声も遠くの方で聞こえていて、自分に言われているのではないみたいでした。
ごろうくんは、夏休みを、おばあちゃんのところですごしました。そのときのことを思い出していたのです。教室の窓から見える青い空が、あの子のことを思い出させたのです。
ごろうくんは、海の近くに住んでいるおばあちゃんのところに、ひとりで行くようになってから、もう5回目の夏になりました。あの日も、いつものように、海でひと泳ぎしたあと、波打ちぎわで砂山をつくっていました。ごろうくんは、砂山を、ゆっくり、ゆっくりとつくりながら、心の中でひとりごとを言っていたのです。
「お母さんも、砂山をつくるのが好きだったなあ。てっぺんに小さな旗をたてて、トンネルを掘りっこするの。両方から掘っていって真ん中で、お母さんの手とぶつかる……お母さんの手と……」
ごろうくんは、いまひとりで、お母さんのぶんも掘っています。ごろうくんが、お母さんの側に移ろうとして顔をあげたときです。ごろうくんの前に5歳くらいの小さな男の子が、立っているのに気づきました。ごろうくんが、思わずにこっとほほえみかけると、その男の子も、目をかがやかせて、にこっとしました。口もとの両脇に小さなえくぼができて、それはなんともいえないほど、かわいい顔になるのでした。
「きみ、そっちから掘ってみて!」
ごろうくんが、男の子を砂山トンネルづくりにさそいました。男の子は、だまってしゃがみこむと、用心ぶかくトンネルを掘りはじめました。ごろうくんは、時々首をのばして、男の子を見ました。そのたびに男の子も、にこっと2つのえくぼで、ほほえみかえしてきます。
「さあ、もう少しだよ。トンネルをこわさないように気をつけて掘ろうね──ああ、開通だ! つかまえた!」
ごろうくんは、トンネルの中でぶつかった男の子の小さな手を、にぎりしめました。あたたかくてやわらかい、あんまり力を入れるとつぶれてしまいそうな手でした。ごろうくんは肩のへんまでトンネルの中です。握手するのに力を入れすぎてとうとうトンネルがくずれ出しました。
「わあー、トンネル事故発生だあー」
男の子は、はじめて、きゃっ、きゃっと声を出して笑いました。
「行こう、こんどは、水かけっこしよう」
ふたりは、波打ちぎわで、水のかけっこをしました。男の子は、赤い海水パンツをつけていました。あまり海に来たことがないのでしょう、肌が焼けていません。ごろうくんの方は、毎日のように泳いでいるので、アフリカの人のように、黒くたくましく焼けています。
「きみ、なまえは」
ごろうくんが、やさしく聞きました。
「ぼく……ぼくちゃん」
男の子は、それだけしかいいません。そして水を、ぱあっとかけてきました。ごろうくんは、この子は5歳くらいだろうと思っていましたが、もっと小さいんだなってことがわかりました。
「ぼくちゃーん!」
ごろうくんは、はっとしました。それは、どこかで聞いたような気がする声でした。でも思い出せません。男の子は、ごろうくんの後ろにまわって、ごろうくんにきゅっと抱きつくと、声のした方へかけて行きました。きっと、それは、あいさつのしるしだったのでしょう。赤いパンツの小さなおしりが、ぴょこぴょこゆれて、砂丘の向こうに消えていきました。
砂丘のかげにある葦屋の中で、男の子のお母さんが待っていました。その女の人は、かくれるように立って、そっと、男の子が走ってきた砂丘の向こう側のごろうくんを見つめていました。女の人の顔が、急にひきつって、口もとがゆがみました。泣いているようでした。そして、男の子の手を引いてあるきだしました。男の子は、女の人に手を引かれながら、何度も、ごろうくんの方をふりかえっています。
手をつないで去って行く母子の後ろ姿を見ながら、ごろうくんは、浜辺にひとりつっ立っていました。そして、お母さんがなつかしくて、たまらなくなっていました。
「お母さん、いまどこにいるの。お母さん、ぼくも、あんな弟がほしかったなあ。お母さんは、どうして、ぼくとお父さんをおいて、どこかへ行ってしまったんだろう……」
そのときです。耳元で、先生の声が、われ鐘のようにひびきました。
「ごろう! お前のぼんやりは、最高だぞ! 水道の水で顔でも洗ってこい!」
ごろうくんは、ちょっとくらくらする頭を押さえながら、教室を出て行きました。