home>シスター三木の創作童話>家族地蔵さま
この村の若者たちの中でもとくに働き者といわれている吾一は、山の中腹にある山小屋に住んで村の杉山の番人をつとめていました。そして月に一度、食糧の買い出しに山を下りるほかは、ずっとこの山で過ごしていました。
吾一の家も、もとはこの山のふもとの村にありました。ところが3年前、スペイン風邪がはやったとき、日ごろからからだが弱かった吾一の母親と小さい弟2人が、あいついで亡くなってしまったのです。ひとり残された吾一は、家族の楽しい想い出がいっぱいのこの家にいることがつらく感じられるようになりました。それで、村の杉山の番人として山小屋生活をするようになったのです。
吾一は、手先の器用な若者でした。仕事のあい間をみつけては、こつこつと石をうがち、お地蔵さんを6体も彫りあげたのでした。このお地蔵さんたちは、吾一の亡くなった祖父母、両親と2人の弟を供養するためのものでした。いくら器用といってもその道のプロではない吾一が彫ったものですから、そのお地蔵さんの顔は、それぞれ表情がちがっていてとてもかわいらしいものでした。吾一は、このお地蔵さんを家族地蔵さまと呼んでいました。そして、山の花や木の実、時には吾一がつくったお団子を、このお地蔵さんたちにそなえていました。母親が、病気がちで女の子がいなかった吾一の家では時々、長男の吾一が食事の仕度をしなければならなかったこともあって、そのおかげで吾一は、今ではけっこうひとりで不自由なく暮らせるようになっていたのです。
この吾一の山小屋の近くに、たぬきの一家がすんでいて、お地蔵さんたちのお供えにあずかっていました。子だぬきたちは、吾一のお団子やおむすびでおおきくなったのです。
「おれのお地蔵さんのお供えは、3日もするときれいに片づけられてしまうのだが・・・お地蔵さんが食べるってわけはないし・・・。たぬきやきつねが食べてるのかもしれないな。でもまあいいや、お供えがくさらないうちに処分してくれるのだから・・・」
とお供えのことは、そう思っていました。
ある日のことです。このお地蔵さんに、このところ3日もお供えがあがっていないのです。お地蔵さんのお供えで成長してきたたぬき一家は、吾一のことが心配になってきました。
「ねえ、お母さん。お地蔵さんのお供えがあがってないね。吾一さん、病気かもしれないよ。」
「そうね。そういえば、かまどから煙もでていないし、雨戸もしまりっぱなしだね。そうだ、おまえ、小さいから、あの雨戸の破れから入れるだろう、吾一さんがどうしているのか見てごらん」
一番小さい子だぬきが、吾一の山小屋に入っていきました。そして、吾一が、風熱を出してねているのだということがわかったのです。子だぬきは心配そうにいいました。
「お母さん、吾一さん、なんにも食べていないみたいだったよ」と。
たぬきたちは、相談しはじめました。そして日ごろの恩返しに、みんなで食物を運んであげようということになったのです。
このたぬきの一家は、ご先祖さまと違って化け方を知りませんでした。現代のたぬきたちには、神通力というものがなくなっていたのです。そんなたぬきたちが集めてこられるものといえば、せいぜい山の実くらいのものです。ところがたぬきたちは、ピンクのふろ敷包みを、わっしょい、わっしょいとかついできたのです。それは、結婚式の引き出物の包みでした。それをかついできたたぬきたちのいいわけは、結婚式にあずかったお客さんが酔っぱらって帰る途中、この包みを橋の上に置き忘れていったというのでした。
吾一は、目がさめて枕元にあったこの包みを見てびっくりしました。そして、村の人が、こんな山の上まで、わざわざ結婚式のお祝いをとどけてきてくれたのだと思ったのです。吾一は詰め合わせの鯛やお赤飯を食べながら、 「そうだ、おれも、お嫁さんをもらおう」 と決心したのです。久しぶりに開けられた窓から、このようすを見ていたたぬきたちは、おいしそうなごちそうに、つばをのんでおりました。そして、これで吾一がまた、いつものように元気になってくれたらいいのにとねがっていました。 たぬきが持ってきたごちそうのおかげで、元気になった吾一は、村長さんのところに出かけていって、お嫁さんを世話してくれるようにたのみました。杉山を守ってくれる吾一のことです。村長さんはよろこんで、気立てがよくて丈夫な働きもののお嫁さんを選んであげました。
吾一の山小屋から、うすむらさき色の煙が、杉山をはうようにして立ちのぼっていきます。吾一のお嫁さんが、ご飯をたいているのです。 家族地蔵さんの前にも、形のいい三角のおむすびがそなえられています。こうして、たぬき一家もまた、お地蔵さんのお供えのおかげで、毎日をありがたく暮らしていったのでした。