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シスター三木の創作童話

“にっこり”ぼうや

 大粒の雨が、ぴしゃ、ぴしゃっと、アスファルトの舗道にはねかえって、あたりにとび散っています。そんな大雨の中を、黄色いレインコートの子どもが、黄色い傘に、すっぽりと包みこまれるようにして、歩いています。大きな傘の中の小さな子ども。傘が歩いているみたいです。その時、横町から、傘なしの青年が、とび出してきました。そして黄色い傘に、ぶつかりそうになりました。
 「あぶない! あぶないなあ、ふんづけるところだったよ、まったく。気をつけ・・・」
 といいかけて、相手を見ると、相手は傘の中の小さな男の子。怒っていた青年は、これじゃどうしようもないと思ったのでしょう、腰をかがめると、男の子をのぞきこんでいいました。
 「あぶないよ。こんなところを、ひとりで歩いたりして。ママは、どこ? 迷子になったの? さあ、お兄ちゃんが、家まで送ってあげよう」
 そういって話しかけている青年に、男の子は傘をさしかけていました。
 「うん。ぼく、お家(うち)へ、かえる」

雨の中のにっこりぼうや

 青年は、男の子の手を引いて歩き出しました。ところが、青年は、いそぎの用があったことを思い出したのです。
 「あっ、しまった。いけない。きみ、お兄ちゃんね、いそいでるんだ。だから、おんぶしてやるよ。さあ」
 男の子を背負って黄色い傘をさした青年は足ばやに、男の子が指さす方向へと歩いていきました。大通りの何本かの筋道を通り越して、曲がった道の向こうに教会の塔が見えてきました。
 「お兄ちゃん。ありがとう。もう、ここでいいの。ひとりでかえれるから」
 「そう、ほんとかい。ほんとにいいの。お家はこの近くなんだね」
 「うん、すぐ、そこだよ」
 「ああ、あの教会の近く」
 「うん、そうだよ。お兄ちゃん、ばい、ばい」
 「じゃ! 気をつけてね。ばい、ばい」
 男の子は、黄色い傘の中で、にっこり笑って片手をふりました。

 青年は、新しい仕事の面接試験に行く途中だったのです。
 「もうだめかなあ・・・」
 青年が、息を切らして試験会場についたとき、ちょうど最後の人が、面接を終えて出てきたところでした。
 「あの、ほんとにすみません。思いがけない用ができてしまって・・・すみません。おくれました。おねがいします」
 ほほを紅潮させ、息をはずませている青年の顔は、あの黄色い傘の中の男の子と、そっくりでした。そこには、さわやかなあかるさがあふれていました。席を立ちかけていた試験官達は、また腰をおろしました。そして、それぞれのノートに、○印をつけました。備考の欄には、“さわやかな好青年 ― さがしていたイメージにぴったり”、“のびのびしている”、“若者らしい率直さがいい”などと、書き加えられました。

 何日かたって、青年は、一通の手紙を受けとりました。それは、待ちに待った手紙でした。封を切るのも、もどかしく、中をとり出しました。青年は、急にとびあがって、大きな声を出しました。就職がきまったのです。
 梅雨時にしては、めずらしい青空、開け放った窓辺に立って、よろこびの深呼吸をしている青年は、ふっと、あの黄色い傘の中の男の子を思い出しました。
「あの子の笑顔、じつにかわいかったな。教会の近くに住んでるっていったっけ・・・」
 青年は、こんどあの近くを通ったら、あの子にあえるかな・・・と考えていました。


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