home>シスター三木の創作童話>星の目の魚(さかな) その2
「ね、タローちゃん。このお魚、学校に寄贈しなさいよ。先生にあずかっていただいたら。そしたら、大ぜいのお友達が、学校でこの魚を観察できるでしょう・・・」
タローちゃんのお母さんは、タローちゃんがますます勉強しなくなっていくので、心配だったのです。お父さんも、同じ考えでした。
「いいよ、ぼく。だけど、あの先生、すぐに標本にしちゃうんだもの。ぼく、この魚、水族館で飼ってもらいたいんだ」
生物の先生が、学校の会議やなにかと用事があって、タローちゃんのところへいらっしゃるのがのびのびになっていたある日のことです。タローちゃんは、いつものようにあふれるほどになった金魚鉢の水を、コップで汲み出していると、どこからともなく小さな声が聞こえてきました。タローちゃんは、コップの水を窓から捨てながら庭を見ましたけれど、だれもいません。お母さんは、買い物に出かけていて留守です。タローちゃんが金魚鉢のところにもどると、また、小さな声が聞こえました。こんどは、はっきりと聞きとれました。
−お願い! わたしをもとの川にかえしてちょうだい−
金魚鉢の中で空色の魚が、ぱくぱくと、口をあけています。そして金魚鉢の水が、ほんの少しずつふえていきました。
−お願い! わたし、もとの川にかえりたいの−
タローちゃんは、空色の魚が話しているのだとわかりました。
「すごい、すごいぞー、話をする魚だ。だめだよ。こんなにめずらしい魚。世界的大発見だ」
−でも、わたし、ここでは、ながく生きられないわ。そうしたら、びんづめの標本にされるわ。ほんとうよ。もう時間がないの−
「いや、ぼく、水族館にお願いしてくるよ。きっとマンボみたいにたいせつに育ててくれるよ。だから、ね。もうすこし、まってて」
−ううん。だめ−
そして、金魚鉢の水が、ぐーんと高くなりこぼれはじめました。汲み出しても汲み出しても、水はふえるばかりです。机の上にも水があふれて、本やノートがぬれました。
「わかったよ。もう泣かないで。川にかえしてあげるから」
金魚鉢の水は、しずかになりました。タローちゃんは、ぞうきんであたりをふきながら、
「だって、川にもどしてやっても、またほかの人につかまっちゃうかもしれないじゃん。そんなのつまんないよ」
−ううん、もう決してつかまらないわ。わたしは遠くへいくの。じゃ、今晩、天の川がよく見えはじめたら、わたしを、あの川につれてってください。やくそくよ−
「つまんないなー、ぼくたち、友達になれるのに、ぼく、やっぱり、いやだあー」
−タローちゃんが、やくそくを守ってくれたら、また、あいにきてあげるわ。ほんとうよ−
「でも、いつ」
−それはね、あとでのおたのしみ。かならずやくそくは守るわよ−
「じゃ、ほんとだよ、指きりげんまん」
空色の魚は、指きりげんまんのかわりに金色の星の目を、ちかっとひからせました。
タローちゃんは、このめずらしい魚を死なせないために、魚のいうことを聞こうと決心しました。その晩、タローちゃんは、バケツに入れた空色の魚を、やくそくどおり川に放ってやりました。空色の魚は、川の流れに押されてすぐに見えなくなりました。
急にさびしくなったタローちゃんは、空のバケツを、がちゃがちゃいわせながらかえっていきました。こんな夜に家をぬけ出してきたのです。お母さんやお父さんが探しているかもしれません。タローちゃんは、暗いのと悲しいのとで涙がこぼれ落ちそうになりました。タローちゃんは、鼻をすすりあげて空を見ました。空はよく晴れていました。あの魚がいったとおり、天の川が、くっきりと空に浮かんでいます。
「あれっ! なんだろう」
タローちゃんは、涙でかすんだ目をこすってもう一度よく天の川を見ました。
「ああ、いる、いる。ぼくの魚だ、星の目の魚だ、あんなにたくさにいる。わあ、うれしそうに泳いでいる。あっ、あれだ、目がひかった。ぼくにあいずしているんだ」
タローちゃんは、急に元気になりました。
「魚のやくそくって、これだったのか。あれ天の川の魚だったんだな、天の川の魚だったのか」
タローちゃんは、じーっと空を見上げています。家の方からは、“タローちゃん”、“タローちゃん”と、呼んでいる声がひびいてきました。