home>シスター三木の創作童話>息子になったどろぼう
まっしろいひげのおじいさんは、昼間から電気をつけて仕事をしていました。このへやは、いつも夜みたいです。がたぴしいわせて、やっと開く玄関の格子戸、低くおおいかぶさるような屋根、家全体が古くて、もう傾きかかっていました。
おじいさんは、一日中、小さな座ぶとんにすわって、ほとけさまを彫っていました。おじいさんは、名もない仏師でした。名は世に知られていませんでしたが、彫刻師として立派な腕前をもっていました。ところがいまは、年をとって目もかすみがちなので、彫刻の仕事もはかどらず、ぽつぽつ彫っているのでしたが、それでもほそぼそながら、何とか暮らしはたっていました。
このおじいさんのところにある日のこと、若いどろぼうが入りました。このどろぼうは、遠くにいっていた息子が久しぶりにうちに帰ってきたようなふりをして入ってきたのでした。そして、おじいさんにナイフをつきつけ、おじいさんの有り金全部―といってもたいした金額ではありませんでしたけれど―をうばって、また、息子が外出するみたいなふりをして、出ていったのでした。おじいさんは、どろぼうのいうがままに、だまってお金をわたしたのです。おじいさんは、どろぼうにいいました。
「さあ、とっとと出ていけ、仕事のじゃまをしないでくれ。いま、ほとけさまのお顔を彫っているところなんだ」
ところが、三か月ほどして、またこのどろぼうは、やってきました。そして前と同じようにおじいさんをおどして、お金を巻きあげました。おじいさんは、ちょうど仕事が終わったところでした。おじいさんは、いいました。
「ほとけさまにさわるな。汚い手でさわったら、お前の指がくさるぞー 腹がへってるんなら、めしをくっていけ」
どろぼうは、このおじいさんが、自分のことを警察にうったえなかったのだとわかりました。
「じいさん、どうしておれのこと、警察にいわないんだ」
「さあ、どうしてかな・・・それ、お茶をとってくれ」
どろぼうは、おじいさんとさし向かいで、お茶づけをかきこみました。どろぼうは、両親といっしょにいた田舎を思い出しました。
「じいさん、世話になったな。あまりながいすると弱気になっていけねえや。すまん、この金、借りていくぜ」
どろぼうは、また息子が出ていったみたいにして玄関を出ていきました。
それから何か月たったでしょうか。どろぼうは、またやってきました。前のときと同じように、玄関の鍵は、開いていました。どろぼうが中に入ったとき、おじいさんの仕事場にあかりはなく、おじいさんは、隣のへやに寝ていました。もうだいぶ長いこと病気だったようです。めっきりおとろえて見えました。
「あれっ、じいさん、病気してんのか、こいつはまずいな。おれ、病人から金を盗るほど落ちぶれちゃいない」
どろぼうは、お湯をわかすと、おじいさんの枕もとに置いてあったポットに入れました。それから、たまご入りのおかゆをたきました。そうしているところへ、近所のおばさんがやってきました。どろぼうは、あわてて土なべを持ったまま、ぺこりと頭を下げました。
おばさんはいいました。
「あら、せんせい、よかったじゃないの、息子さんが、お帰りだったの」
おじいさんは、どろぼうに、目で合図して小さな声でいいました。
「ご近所さまに、わたしがお世話になった礼をいえ」
「いやあ、どうも、どうも、うちのおじいさんが、たいへんお世話になっています。ありがとうございます」
「まあ、ほんとによかったこと。それじゃ、これ、晩ごはんのときにでも、たべてくださいな」
近所のおばさんは、帰っていきました。おじいさんは、いいました。
「さあ、せっかくのかゆだ、うまそうだ。お前も、いっしょにくえ」
おじいさんとどろぼうは、ふうふう、しゅしゅと、あついおかゆを吹きながらたべました。
「じいさん、じいさんの世話、いつもああして近所の人がしてくれてるのか」
「そうだ、みんなしんせつだ。お前もな・・・」
どろぼうは、ポケットの中をさぐって、持っていたお金を全部出しました。
「いまのとこ、これだけだけど、じいさんに返すよ。おれ二回も借りてるもんな。またかせいで返しにくるから・・・」
おじいさんの目が、きびしくなりました。
「いいや、それはいらねえ。それも人さまから盗ったものだろう。そんな金は、返してもらうわけにはいかない。自分で働いた金をもって返しにこい」
おじいさんにしかられたどろぼうは、お金を集めて、ポケットにつっこみました。そして、
「じいさん、元気でいてくれよ。おれ、こんど、ちょっと長いこと来れないけど・・・働いた金ためて、かならずもどしにくるからな」
「ああ、帰ってこい、自分で働いた金で返しにこい」
おじいさんの家を出たどろぼうがあるいていく先に、交番の赤いランプが、見えていました。