ナザレのぼうや

ナザレのぼうや


パンをこねるマリアさま

 ナザレのオリーブの木が、おじいさんの木から聞いたお話です。
 それは、二千年も前のことです。おじいさんのオリーブの木のすぐ下に、一軒の小さな家がありました。その家には、若いお父さんと若いお母さん、そして小さな男の子が住んでいました。お父さんは、大工さんでした。畑をたがやす、すきなどをつくっていました。木の少ないこの国では、大工さんたちは、たいていまずしいくらしをしていました。生活はまずしかったけど、この家族には、お金や、ゆたかなものにかえられない、大切なものにあふれていました。愛と平和が、この家にみちあふれていたのです。

 夜は、この家の小さな窓から、小さなあかりがもれていました。家の中では、若いお父さんが、ひざのウエに、ぼうやをのせて、ゆりいすのように、ゆすってあげていました。若いお母さんは、その側で、糸をつむいでいました。若いお父さんは、ぼうやに、ご先祖さまのことや、この国のお祭りのことなどを、話して聞かせていました。ぼうやは、つぶらな目をかがやかせて、おもしろそうに聞いていました。

ヨセフさまとイエスさま


 月がこの小さな家の上に、高くのぼる頃、小さな窓のあかりが消えました。家の平らな屋上のへりで、くじゃく鳩が羽をやすめていました。

 お昼間、若いお父さんは、仕事にでかけていきました。若いお母さんは、庭でパンをこねています。ぼうやは、お母さんの側で、つややかにこねられていくパンを、見つめていました。お母さんは、そんなぼうやに、ほほえみかけていいました。
「こうして、パン種を入れて、よくこねるの。そして、ひと晩、おねんねさせとくの。そしたら、パンを焼いたとき、大きな大きなパンに、ふくれるのよ」
 お母さんのことばに、ぼうやの目が、いっそう大きくなりました。

 お母さんは、パン粉で白くなった手を洗いながら、おとなしくおりこうちゃんだった、ぼうやにいいました。
「ぼうや、いいものをあげましょう」
 お母さんは、小さな袋の中から、小さな小さな種を、2つぶ、3つぶとり出して、ぼうやの小さな手のひらに、のせてあげました。
「小さな種でしょう。しっかりにぎっておかないと、風さんにとばされてしまいますよ。ぼうや、おうちのお庭に、植えてごらんなさい。びっくりすることが起こるわよ。毎日、お水をやってかわいがってね」

 ぼうやは、小さい手をにぎりしめて、お庭にかけていきました。ぼうやは、お母さんにいわれたとおりに、小さな種を植えました。ぼうやは、毎日、忘れずに水やりをしました。小さな種は、魔法の種のようでした。芽がでると、ぐんぐん大きくなっていきました。もうぼうやとおなじ背丈になりました。
「お母さん、この木の名前、なんていうの。この木、大きくなるの、はやいんだね」
「そう、びっくりするくらい、はやいでしょう。この木はね、“からしの木”っていうのよ。ぼうやが、毎日、お水をやって、かわいがってあげたから、もっとはやく大きくなったのね。からしの木が、“ありがとう”っていっているでしょう」
「うん。ぼく、聞いたよ。からしの木が“ありがとう”っていってた。お水をありがとう。お日さま、ありがとう。それから、かみさまいのちを“ありがとう”って、いってたよ」

 若いお母さんは、ぼうやを抱きしめました。
「ぼうやも、かみさまに、いろんなことを、ありがとうって、いうんでしょう」
 ぼうやは、こっくりうなずきました。
 小さいぼうやは、お母さんといっしょにいて、お母さんのすることは、何でも見ていました。

 大きくなったぼうやは、お母さんの側で、見たり聞いたりして習ったことを、よく覚えていました。おとなになって、神さまの教えを、大ぜいの人に伝えるときに、この幼いときの思い出の中のことを、例え話につくって、みんなに話してあげました。

 若いお父さんは、ヨセフさま。
 若いお母さんは、マリアさま。
 ぼうやは、小さいときの、イエスさまでした。

 ナザレの、しあわせな家庭の中の、できごとでした。


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