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聖年(Holy Year, Jubilee Year)

聖ペトロ大聖堂の「聖なる扉」
聖ペトロ大聖堂の「聖なる扉」

聖年とは、本来は、ある一定の期間をおいてローマを訪れ、決められた条件に従って祈る信徒たちに、教皇が聖年の大赦(the Jubilee)と呼ばれる特別免償を与える一年です。
 平和と免償を祈る一年といえます。

この背景には、旧約聖書の「ヨベルの年」(レビ記 25.1~55 参照)の、土地の安息、負債の免除、奴隷の解放という50年ごとにめぐってくるヘブライ人の聖年の考えがあります。

教会の歴史に残る第1回目の聖年は、教皇ボニファティウス8世の命によって1300年に行われました。そして、ボニファティウス8世は、この時100年ごとに聖年を挙行することを決めました。しかし、14世紀の半ばになると、教皇クレメンス6世によって、50年ごととされ、聖年に訪れる大聖堂は、聖ペトロ大聖堂、城壁外の聖パウロ大聖堂(サン・パウロ・フォーリ・レ・ムーラ)、ラテラン大聖堂(サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ)とされます。

教皇ウルバヌス6世は、さらに聖年の間隔を33年にすることを決定しました。その理由は、イエス・キリストのこの世における生涯を想起するというものでした。
 また、1373年には、教皇グレゴリウス11世によって、クレメンス6世が決定した3つの大聖堂に加えて、聖マリア大聖堂(サンタ・マリア・マッジョーレ)をも、聖年に訪れるよう義務付けられ、免償が得られるようになりました。

1470年、教皇パウロ2世は、さらに聖年の間隔を短くし、25年に1度聖年を挙行することを決めました。これは、すべての世代が大きな免償を獲得できるようにとの配慮でした。25年ごとに聖年が行われるようになった最初の聖年は1475年でした。この規定は、今日なお実行されています。

聖年のはじまりには、4つの大聖堂にある「聖なる扉(Holy Doors)」が開かれ、聖年の終わりにその扉は閉じられます。

25年ごとに行われる聖年の他に、主の死と復活を記念する聖年(近年では1983年)など、他の意向による特別聖年もあります。紀元2000年は、特に「大聖年」として祝われました。


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