home>シスター三木の創作童話>・・・らいしいほうがいいな(1)
ひさしぶりにお天気になりました。えりちゃんの幼稚園は、今日はお休みです。えりちゃんは、小犬のチャッピーをつれて散歩に出かけました。えりちゃんの村の道路はまだ舗装されていません。あっちこっちに雨の水たまりが残っています。えりちゃんは、運動ぐつがぬれるのもかまわず、水たまりに入っていきます。
「チャッピー、そっちじゃないこっちよ」
小犬のチャッピーは、えりちゃんの声にちょっとふりむきましたが、また知らん顔をして小さな尻尾をふりふり、道路ぞいの畑のあぜ道の中に入っていきました。えりちゃんは、しかたなく、チャッピーのあとについていきました。
「あら、鏡」
畑のあぜ道に小さな手鏡が落ちています。
「わあっ、青い空がうつっている」
鏡をのぞききこんでいたえりちゃんは、空を見上げました。雨で洗われたきれいな空に、白い雲が、ふかふかっと浮かんでいます。うれしくなったえりちゃんは、いろんなものをうつしてみました。
「あら、あじさいの花だ」
えりちゃんは、鏡の中のあじさいではなく、本物のあじさいを見ようとあたりを見まわしましたが、どこにもあじさいの花なんか咲いていません。
「へんね」
えりちゃんは、また鏡を見ました。鏡の中いっぱいにあじさいの花が広がっています。そして少しずつ花の色が違っています。えりちゃんは、いくつの色があるのか数えてみようと思いました。えりちゃんが鏡の中のあじさいに顔を近づけたときです。鏡の表面がゆらゆらっとゆれ動いて、えりちゃんのからだが、ふわっと浮きあがったような気がしました。そしてつぎの瞬間、えりちゃんと小犬のチャッピーは、鏡のあじさいの中に立っていたのです。
ところがえりちゃんは、『どうして』って考えませんでした。えりちゃんが、夢を見ているとき、『どうして』って考えないのと同じです。
あじさいの向こうに、白い工場のような建物があります。そしてその工場の前庭に、ガラスのコップのような大きなタンクがあって、白い服の変な女の人が、せっせと働いているのが見えます。タンクの上には七色の虹の端っこがかかっていました。そしてタンクの中には、虹から流れ込む七色の水のようなものがまざりあって、お母さんのオパールのゆびわのように光っています。タンクのところどころに水道の蛇口のようなものがついています。白い服の女の人は、その蛇口から青や赤、紫などの水をビンにつめています。タンクには、カタカナでこう書いてありました。
「セイカクヅクリノレインボウスイ」って。
そのときです。チャッピーがとび出しました。
「あっチャ……」
えりちゃんは、それ以上声が出せません。
− 白い服の女の人に見つかっちゃう −
ところが白い服の女の人は、チャッピーがとび出していったとき、ちょうど白い建物の方へ向かって歩いていくところでした。
− あーよかった。チャッピーのばか! −
えりちゃんは、あじさいの花の上にぺたっとすわりこんでしまいました。チャッピーといえば、女の人がこぼしていった水をペチャペチャなめているのです。
「チャッピーのばか! 死んじゃうよ。毒かもしれないのに」
えりちゃんの声を聞いてチャッピーがもどってきました。口のまわりが紫色に染まっています。えりちゃんは、きゅうにこわくなってきました。
「さあ、チャッピーいそいでかえろう」
えりちゃんは、あじさいをふみつけるようにして走りました。でも、走っても走ってもあじさいの中にいるのです。えりちゃんは、とうとう大きな声を出しました。
「お母さん! きて!」
そのときえりちゃんは、手にあの鏡をまだ持っているのに気がついたのです。そして思い出しました。
「鏡……あじさいの花……」
えりちゃんは、鏡を見ました。ところが鏡の中にうつっているのは、他のものでした。