home>シスター三木の創作童話>・・・らいしいほうがいいな(2)
えりちゃんが拾った小さな手鏡にうつったもの、それはえりちゃんのいつもの散歩道でした。そして、家の前でお母さんが手招きをしているのが見えます。
「あーっ。お母さーん」
えりちゃんは、両手を振ってお母さんのところにかけていきました。そしてえりちゃんは、いつもの散歩道を走っているのに気づいたのです。
「あっ鏡!」
えりちゃんは、鏡をもっていないのに気がつきました。ふり返ると、いま走ってきた道の後ろの方に、ピカーっと光るものがあります。
「いいわ、あんなへんな鏡いらない」
えりちゃんは、鏡をとりにいきませんでした。
「えりちゃん、はやくきてちょうだい。お母さんね、いまちょっと手が離せないの。佐田のおばちゃんのところまでおつかいにいってちょうだい」
お母さんが大きな声でそういっています。
「はあーい」
えりちゃんは、いそいでお母さんのところへかけていきました。ところがチャッピーは、走ってこないのです。ゆっくりとあるいてきています。
「へんね。ああそうよ。あの紫色の水のせいよ。お腹がいたいのかしら。チャッピー、はやくおいで!」
心配になったえりちゃんは、チャッピーにやさしく声をかけてやりました。
お母さんは、えりちゃんに紫色の風呂敷包みをわたしました。
「わあーいやあー、また紫色だあ」
「どうしたのえりちゃん。これいそいでいるの。佐田のおばちゃんからお昼までにとどけてくださいって電話があったのよ。いま11時半でしょう、だから、ちょっといそいでいってちょうだい ・・・ あら、たいへん。あずきがこげるわ。じゃ、えりちゃん、おねがいね」
「お母さん、あずきにてるの。じゃ、きょうおはぎつくるの」
あわてているお母さんは、えりちゃんに返事をしないであたふたと家の中にかけ込んでしまいました。
「さあー、チャッピーだいじょうぶ? おつかいにいくのよ。いそぐんですって。チャッピーお腹がいたいの?」
えりちゃんは、チャッピーの前足をもちあげてお腹を見ました。チャッピーは尻尾を振っています。いつものとおりです。
「よかった。だいじょうぶね、じゃ、いこう。走っていこう、さあ!」
ところがチャッピーは、高いハイヒールをはいたお姉さんのように、すましたあるいてついてくるだけです。しかたがないのでえりちゃんは、できるだけいそいであるくことにしました。おばちやんの家は隣村にあるといっても、えりちゃんの家から見える橋をわたった川ぞいにあるのですから、そんなに遠くないのです。それでお昼のサイレンが鳴る前に、えりちゃんは、おばちゃんの家につくことができました。佐田のおばちゃんは、えりちゃんが手渡した紫色の風呂敷包みを受けとりながらいいました。
「まあー、上品な紫色ね」
そのおばちゃんのことばで、えりちゃんは、さっきのへんな工場とチャッピーがのんだ紫色の水のことを思い出しました。− セイカクヅクリ −。
『そうだ、あの紫の水は、上品というものになるくすりだったのかも……』
「おばちゃん、わたしもう帰ります」
「あら、きょうはもう帰るの。おばちゃんのところでお昼を食べていかない。もうすぐお昼よ」
「いいえ。お母さんが待っていますから帰ります」
えりちゃんは、お母さんが『あずきがこげる……』っていってたのを思い出したからです。えりちゃんは、ぼってりしたおはぎのことを考えていたのです。
「あらまあそう。ちょっと見ない間にえりちゃんもお姉ちゃんになったのね。この前まではうちに来るとすぐ、“おばちゃん、お腹がすいた”っていってたのに、はやいものね。女の子が上品になるっていいことよー、ごくろうさん。お母さんによろしくいってちょうだいね」
おばちゃんは、目を細めてにこにこしてそういいました。
えりちゃんは、帰り道、お母さんの紫色の風呂敷を風にかざして走りました。いいきもち。ところがチャッピーは、えりちゃんよりずーっと後の方で前と同じように、しずかにあるいてきています。えりちゃんはそんなチャッピーに腹が立ってきました。
「つまんないのねー、上品っていうことは、面白くないじゃない。前のチャッピーの方がずーっとよかったわ。わたしも上品な女の子っていやあよ。えりちゃんは、えりちゃんよ。チャッピーったら、あんなへんな水をのむからよ。わたしは風の子よ。お父さんがいってるわ。こどもは風の子だよ。元気に遊びなさいって」
えりちゃんは、ぐずのチャッピーに腹を立てて、石ころを一つ思いきりけとばしました。
「そうだ、またあの工場にいってチャッピーに違う色の水をのませてやろう、元気にかけっこできる水。そうだ、あの鏡!」
えりちゃんは、道に落とした鏡のことを思い出しました。そして、まるで競争のときのようなスピードで走っていきました。チャッピーは、そのずーっと後から、えりちゃんが落としていった紫色の風呂敷をくわえてゆっくりとあるいていきました。