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新世紀ルーツへの巡礼

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人は自分の召命に従わなければならない

モレッタ教会内聖母
モレッタ聖母

なぜなら、この道のみ、自分の希望が満たされるからだ。

なぜなら、この道のみ、幸せを見いだすからだ。

なぜなら、この道のみ、確信をもって目的に到達することができるからだ。

なぜなら、この道のみ、神は人に必要な恵みの種をまかれたからだ。

なぜなら、他のどんな道も、その人の精神的な傾向や素質に適していないからだ。

……今や、私たちは神を愛し、神の望まれることを行わなければならない。
しかし、神が望まれることは、神が愛されるもの、すなわち真理であり、私たちにとっては、あの定められた道を、私たちが愛さなければやってこない。それゆえ私たちは、まずはじめにその道を知って愛し、それからその道に従わなければならない。

しかし、この道に入らない者は、真理を愛することができない。
真理を愛さない者は神を愛さない。だから神の恵みを受けることも、得ることもできない。

……その人は、自分の中に名誉を獲得することはできないだろう。
「私は熱烈に望んだ。私は欲し、かくも堅く信じ、そして行う」とは、決して言えないだろう。そして、あらゆる苦労や犠牲に対し、「ああ、この道を選ばなければよかった」と叫ぶだろう。
しかし、それは苦痛と良心の呵責(かしゃく)を引き起こすだろう。
そして、苦悩と自己の道や自分自身への嫌悪の情は増すであろう。どんなにささいなことでさえ、彼には重く苦しく感じられ、平和を失い、不幸になるだろう。

ところで、おまえは自分の道を知っているのか?
その道に従えば、それを愛するだろう。
あるいは、それは侮蔑された、犠牲に満ちた道だろうか。
それなら大いによいことだ。おまえは世間に対して、自分が強い精神の持ち主で、真理を恥と思ったり、危険や障害に屈したりするような臆病者でないことを示すだろう。
一方では、犠牲をささげるだろう。だが、次のことを心にとめておけ。
つまり、愛のためになされた犠牲は、精神を崇高にし、鍛え、無上の喜びで満たし、愛をさらに増し、人生を永遠の休息へと準備する。
他方で、神はだれ一人としてお忘れにはならず、神がおまえに示されたその道に、恵みを与えられる。

   「よき勧めをたもう御母、私たちのために祈りたまえ。」


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