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新世紀ルーツへの巡礼
神との契約
勉強だけによらない学習
ジャッカルド神父の1918年3月13日の日記から
昨日、晩の説教で愛する父は学習について話されました。学習には、神から直接に受ける道もあり、ただ勉強するだけがその道ではありません。
すべての人にその道は用意されています。私たちにとっては、なおさらです。なぜ? なぜなら、私たちの使命を果たすためにはとても多くのことを知っている必要があるからです。それなのに私たちには、勉強のためにわずかな時間しかありません。私たちは、勉強の他に労働もしなければならないのです。ですから、主は私たちに、勉強しなくてもわかる知恵をお与えにならなければならないのです。しかし、私たちは、4時間の勉強時間を、他の学生たちが8時間で学ぶ以上のことを学ぶために活用しなければならないのです。
明らかな契約と信頼。
使徒たちは、無学でした。しかし、聖霊を受けてからは世を驚かせ、知識人たちを混乱させ、すべての人を照らすことができました。
聖霊は、炎の形で私たちの上にお降りになるでしょう。私たちが、覚えたものはいつまでも忘れないように、勉強をよりよく実生活に適応するように、つまり他の人が3時間で覚え、他の人がすぐに忘れることなく、生活に生かされないところを生かすことができるようにしてください。
信仰を持ちなさい。
信じるようになるでしょう。父は、2人の少年のうちにそれを経験されました。彼らは信仰をもって、1カ月間で6カ月間の勉強をしたのです。私は習わなかったが、また勉強しなかった(そうかもしれない)が、より多くのことを覚えました。文法は学びませんでしたが、他のことを学んだのです。30歳になる時、他の人たちよりよほど多くのことを知っていることでしょう
このような姿は、会の精神の中で本質的なものです。精神が新しいように手段も新しいのです。精神に関する部分で主なことのひとつは、あまり多く勉強しなくとも習い覚えることができるという信仰です。この信仰のない人は不協和音のようであり、笑いものです。このことを頭にやき付ける必要があります。この信仰は、本質的なのです。
聖パウロは神のために働きました。そして、彼は、神から食物をまかなってもらう権利を持っていると言っています。祭壇に仕える者は祭壇のもので生活すべきなのです。同じことが私たちにもいえます。私たちは神のために働かねばならないし、また多くの事を知る必要もあります。私たちは働き、食物は神が計らってくださいます。ただ口でいただく物だけでなく、頭と心に入れるべきものも考えてくださるのです。
神のために働きましょう、神によって生きなければなりません。奉献には、神にまかなってもらう権利があるのです。
ですから、よその人たちが言うようになってはなりません。会の要求に合わせること。勉強時間が少ないと反論する人には、私たちの存在と神の恵みがある、と答えましょう。私たちの側で1なら、神の側では2の恵みを……。
信仰が必要です。
これは何もおかしなことではありません。神は空の鳥、髪の毛のめんどうをもみてくださるのですから、魂のことはもっとよくしてくださいます。使命遂行に必要な知識を、私たちの知性に与えようとしておられます。
ただ従順すること。信仰、従順、祈り、魂、修道会。