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シスターテクラ・メルロ

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第1回 偉大な善業へのお召し

修道名を「テクラ」と呼ぶテレサ・メルロは、1894年2月20日、北イタリア、クネオ県アルバのカスタニートに生まれました。彼女の家は豊かな農家で、非常に信仰深い家庭で、母親は4人の子どもたちを、信仰の面でも生活の面でもよく教育していました。テレサの誠実な生き方と善への奮発心は、このような家族の中での深い確信に支えられていました。

テレサの生家
テレサの生家
今は改装され、聖堂と黙想の家になっている

3人の兄弟に囲まれた一人娘のテレサは、愛らしくて活発な子でした。彼女はひよわだったため、両親は彼女のことが気がかりでした。母方の祖母は、このテレサに何か特別なものを感じ、自分の娘にこう言っていました。「テレサをりっぱに育てなさい。あの子は何か偉大なことをするように召されている」と。

テレサの両親 テレサの家族(祖父母、両親、兄弟)
       テレサの両親          テレサの家族(祖父母、両親、兄弟)

テレサはカスタニートの小学校に通いました。カスタニートは小さな村で、小学校は3年までしかなかったため、4年をするには、他の村の学校まで通わなくてはなりませんでした。しかし、体の弱かったテレサのことを考えた両親は、娘の能力のゆるすかぎり学ばせようと、村で最も優秀な教師マリア・キアラ先生に家庭で教えてもらうことにしました。テレサはのちに、まじめに将来に立ち向かうことを教えてくれたこの先生を、いつも感謝の心で思い起こしています。

テレサにとって、当時の多くの子どもたち同様、知的教育および宗教教育のもう一つの場は教会でした。彼女はここで聖歌、要理などを学び、いつも司祭の話を注意深く聞いていました。司祭は、彼女を小さい子どもたちの要理学級のための助手にしました。

ジョバンニ・バッティスタ教会
テレサが通っていたジョバンニ・バッティスタ教会

テレサが使っていたミシン
テレサが使っていたミシン

知識欲が旺盛で、熱心に勉強したテレサは、裁縫も大好きでした。働き者のテレサは、小学校を終えると、裁断、縫い物、刺しゅう、編み物などの基礎を習うため、アルバの聖アンナ会のシスターたちのもとに行きました。今もテレサが最初に買ってもらったミシンが、生家に残されています。その後、両親はトリノの知人に彼女を預け、そこで裁断と裁縫の腕を磨いたテレサは、専門家になってカスタニートに帰ってきました。

カスタニートに戻ってまもなく、テレサは洋裁を習いたい少女たちに取り囲まれました。当時、結婚のために、テーブルかけやシーツ、下着など、少女たちは自分で刺繍したものを持っていくが普通でした。こうしてテレサの家の一部は、洋裁教室になりました。


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