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9条世界会議 (3)

2008/05/29

チラシ

「9条世界会議」の初日4日第2部のトークセッションをご紹介します。







2部 戦争のない世界を創る Creating a world without war

トークセッション『イラク、アメリカ、日本』

トークセッションは、アメリカのイラク帰還兵と元イラク兵が席をとなりにするという、考えられないようなことが実現しました。これも「9条」の成果です。

トークセッション

 

アン・ライト Ann Wright
アメリカ 元陸軍大佐・外交官・反戦活動家

戦争の禁止を呼びかけるには、わたしは少し変わった経歴を持っている。29年間米軍に仕え、退役するときは大佐だった。さらに米政府の外交官も務め、2003年3月にアメリカのイラク攻撃に反対して辞めた。イラクはアラブのイスラム教の産油国だというだけで、アメリカを攻撃したわけでもなく、世界の安全保障をおびやかしたわけでもない。

アン・ライトさん

悲しいことにアメリカは、外交手段ではなく武力で他の国の政治経済に影響を与え続けようとしている。国の安全ということを口実にして、武力攻撃や拷問を加え、国民の自由を抑圧している。この戦争は、日本は第9条というユニークな防波堤を守れという警告だったのではないかと思う。アメリカは、日本が第9条の精神を捨てるようにとプッシュし続けている。改憲の圧力が、主にアメリカから来ていることを知っている。テロとの戦争に参加してもらうためだ。2004年にアメリカのアーミテージ国務長官は「9条が日米同盟の障害になっている」とこぼしたそうだ。

アメリカはさらに、日本が海上自衛隊を派遣して、アフガンやイラクでの米国海軍の給油活動を助けるよう圧力をかけ続けている。ブッシュ政権の攻撃性は、世界の平和を脅かしている。ある意味では、9条はアメリカの軍拡主義の歯止めになっているかもしれない。直接的なアメリカの軍事行動には、日本が参加できないようにしているからだ。9条のお陰で、武器輸出が禁止されていることもすばらしいことだ。アメリカは世界有数の武器輸出国だ。

アメリカ政府が輸出しているのは武器だけではない。軍隊同様の武器を持つ民間の軍事会社まで輸出している。わたしたちは軍事産業に負けず劣らず、平和でもうかる産業を創り出すべきだ。さもないと、わたしたちの国は戦争をサポートし続けるからだ。

日本のみなさんが、9条の精神、戦争放棄を強く守ることで、世界を平和に導いてくれることを願っている。

 

エイダン・デルガド Aidan Delgado
アメリカ イラク帰還兵

エイダンさん

入隊したのは、たまたま9.11だった。アメリカの青年によくあることだが、何かをやりたいということで入隊した。18歳の青年によくあるように、生きる目的を見失っていたのだ。18歳は子どもではないが、かといって大人でもない。アメリカは、軍事的行動を理想化している。アメリカは第2次世界大戦の時代を黄金の時代と見ている。だから兵士になることは最も高貴なことだ言って育てられた。若くして道を見失った人は、そちらの方向を見てしまう。

兵士となってイラクに行ったが、戦争で美化されていたことは、ウソだったと分かり良心的兵役拒否者になった。それまで戦争というものは、真実であり、誠実であり、アメリカの道であり、いいことだと信じていた。しかし実際にイラクに行ってみると、罪のないイラク市民の首を米兵が踏みつけ、市街が破壊されていて、これは何か違うと思った。美辞麗句を全部取り除いてしまうと、戦争は人殺しだ。戦争は、すべてを破壊する。戦争はお互いを囚人のように扱うものだ。わたしがやっていることは、世界を救うことではなく世界を苦しめていることだと悟った。

自分の国が大好きだ。だが、わたしたちのやっている行為のために、とんでもない国におとしめていると思った。選択を迫れていると感じた。間違っていることを心にとどめておくだけではなく、間違っていると口に出さなくてはいけないと感じた。間違っていると口に出さない限り、すべてをYESだと、その状態をOKだと言っているのに等しいのだ。戦争とは、人殺しを合法化させ、人に対する残虐な行為を合法化するものだ。

 

カーシム・トゥルキ Kasim Turki
イラク 人道支援ワーカー

カーシムさん

2003年3月、兵士だったのでアメリカ軍と戦闘を交えた。バグダッド陥落以後は、主に日本のメディアの通訳をしながら人道支援活動を始めている。

あの戦争によって、わたしの人生は180度変わってしまった。当時、普通の兵士として国を守らなければならない、敵を打ち負かさなければならないと思っていた。しかし、この戦争に負け、多くの犠牲を見た。兄、従兄弟、兵士仲間をたくさん失った。被害者になって、この戦争で破壊されたものを再建しよう、そうした道しかないと気がついた。軍事行動を続けることは、この破壊を続けることになる、これに終止符を打たなければならないと思った。ピースメーカー、平和を構築する者にならなければいけないと思った。

戦争の前、自国を防衛しようと思ったとき、軍に入って兵士となって戦うしかないと思った。しかし今、武装して戦うことは、さらに破壊をもたらし殺戮をもたらすことでしかないと分かった。国民を守るための最良のことは、国民を支援することだと思っている。国を再建すること、だれとも敵対関係にならないことは、いい選択肢だと思っている。

エイダンさんとカーシムさん

人道支援活動をして一番困難なことは、人々の誤解だ。イラクにはたくさんの軍隊がいるし、たくさんの軍事活動が行われている。多くの国民は、銃を持った軍隊が助けに来ていると思いがちだ。そのように宣伝しているからだ。国民は、軍事活動と人道活動を混同してしまう。人道支援活動をしてく中で、市民から、アメリカ軍ではないか、または逆に、アルカイダではないか、武装勢力ではないか、さらにアメリカ軍やアルカイダのスパイではないかと思われる。友人は誘拐されたりした。イラクのあらゆる勢力から疑いの目を持って見られてしまう結果になっている。しかし、わたしたちは非武装で、銃を持たずに展開している。

 

雨宮処凜 (あまみや かりん)
日本 作家

雨宮処凜さん

日本は、貧困率が世界2位という報告が出された。一方で軍事費が世界第3位と出された。貧困の問題には、ネットカフェ難民とかワーキングプアということで憲法25条の生存権が脅かされている人たちが、戦争……と言い出す日本の現状がある。アメリカの青年が軍隊に入ってしまう話があったが、年収がこれだけで資格が取れて子どもが産める(民間企業では年収が少なくて子どもが産めない……)という状況を見ていると、日本の貧困層が、戦争にかり出されていく米国の状況に近いものがあると感じている。年収があって資格が取れるなら軍隊(自衛隊)に入るか、というワーキングプア層がいる。最低賃金が600円代で、未来に希望が持てない。27歳だったら入隊してしまえば……と思うかもしれない。格差が開き、貧困層が拡大してくことと戦争はつながっている。

解決策は、軍事費を削って生存権のほうへまわすということだと思う。現在、1日100人自殺し、6日に1人が餓死している状態になっている。最低限、餓死しないという生活が欲しい。人のいのちにさえ格差が付いているというのは、戦争になるともろに出てくる。

 

司会:高遠菜穂子
日本 イラク支援ボランティア

高遠菜穂子さん

2003年からイラク支援にたずさわってきた。2004年の、4回目にイラクへ入国したとき、自衛隊撤退要求をする武装勢力によって人質に取られた。今も、この事件のことを考え続けている。この事件は、日本が9条を突破したとうことで人質にされたと言える。なぜ、殺されなかったかと言えば、イラクの地で、3人とも戦争を放棄しており、丸腰で、人道支援を続けていたことが認められたからだ。これは、9条の実践をわたしたちができていたからで、この憲法9条でいのちを守ってもらったことになると考えられる。

「日本人だろう」ということで、わたしと同じ経験をする人が世界のどこかにいるかもしれない。同じ思いをしてほしくない。わたしにとって9条はとっても重要になった。。

 

第2部の締めくくりは、ゴスペルシンガーの“BIG MAMA YUKA”こと亀淵友香とそのグループが登場しました。湯川れい子さんのグループといっしょにたって、力強いゴスペルを聞かせてくれました。一致の力はすごいですね。会場中にみなぎる力を感じました。

友香さん 湯川れい子さん

19:00からの第3部では、MUSIC LIVEが行われ、UA、原田真二、FUNKIST、加藤登紀子らのステージがありました。

 
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詳細は、「9条世界会議」のサイトをご覧ください。→ http://whynot9.jp

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