home>修道生活を考えている方へ>どうしてシスターに?>シスター マリア・パオリーナ 萩原菊枝
どうしてシスターに?
シスター マリア・パオリーナ 萩原菊枝
神さまの招きに応えて
わたしが中学生になったとき引っ越した家の近くに、ゴシック建築の美しい教会がありました。朝な夕なその美しい教会を眺めながら、教会に行ってみたいとあこがれていました。
ある日、学校で「長崎の鐘」という映画をみました。その中で浦上天主堂のミサの風景や、被爆しながらも、人々のために尽くしておられる永井隆先生の生き方に、心を打たれました。わたしも信仰を持ちたい、教会に行ってお祈りしたいとの思いがますます強くなりました。
ある日、勇気をもって教会を訪ね、キリスト教を学び、17歳のクリスマスイブに洗礼の恵みをいただきました。そのころは、聖人の生涯を書いた本を夢中になって読んでいました。聖人たちのように神さまのため、人々のために自分をささげたい。そして、修道女になりたいと思うようになりました。
ある日、女子パウロ会のシスターが宣教のために教会にきました。わたしは、シスターたちと毎日ミサに一緒に参加しました。ある日、シスターから、東京の修道院を紹介され、そこを訪問しました。そこでは、大勢のシスターたちが社会的コミュニケーションメディアによる福音宣教を、いきいきとなさっておられました。わたしもここで自分をささげたいと思い、修道女になる決心をしました。その頃、わたしはすでに社会人として働いていました。
20歳になったとき両親に、修道生活をしたいことを話しました。キリスト教を知らない両親は、一人しかいない娘を、そのようなところに行かせることはできないと、猛烈に反対しました。どんなに反対されても神のみ旨ならばと時期を待ちました。
母は、成人式のために晴れ着を縫ってくれました。わたしは「二度と着ることもないのに、母さんごめんなさい」と、心でわびながら晴れ着の袖に手を通しました。それから2年たち、23歳の1月に、聖パウロ女子修道会に入会させていただきました。聖パウロの回心を祝う前日でした。
修道生活40余年の歳月を振り返ってみるとき、取るに足りないわたしをここまで見守り、支え、導いてくださった神さまの恵みに、感謝で胸がいっぱいになります。このいただいた召命の恵みに、最後までよろこんで忠実にご奉仕できるように願いながら、社会的コミュニケーションの使徒職をもって、福音宣教のために尽くしたいと願う毎日です。