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山本神父入門講座
23. ペトロの信仰告白とその波紋 Ⅱ
聖ペトロ
イエスが弟子たちに、群集はイエスのことを何者だと言っているかと質問され、弟子たちが、洗礼者ヨハネだとか、エリアだとか、エレミアだとか、預言者の一人だとか言っていると答えた。すると、イエスが、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と聞かれたので、シモン・ペトロが答えた。「あなたはメシアです、生ける神の子です」（マタイ 16章16節）。
ここで気になるのは、「あなたはメシアです、生ける神の子です」と告白したとき、十二人は、何を思っていたか、つまり、イエスをどんなメシアだと思っていたかである。ユダヤ人は、メシアは「注油を受けた王」であるから、文字どうり、王、ダビデ王、イエラエルの独立を実現する将軍、政治家、統治者だと考え、その到来を待ち望んでいた。ユダヤ人といえば、十二使徒もユダヤ人として生まれ、育ったのである。かれらも他のユダヤ人と同じように考えていたのだろうか。十二人がイエスをどのようなメシアだと思っていたのかは、非常に大切な問題である。
マタイによる福音書がペトロの信仰告白を、マルコ、ルカよりずっと長く説明しているのは、この問題と関係があるからである (マタイ 16章13-20節)。
「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」(マタイ 16章17節)。
ペトロが、「あなたはメシアです、生ける神の子です」と言った途端、イエスはこう言われた。当時は、だれもイエスがメシアだとは思っていなかった。イエスと十二人とのやりとりから、それは明らかである。十二人も、イエスのことばやいやしなどに、神からの権威と力を感じて、「神と結ばれた特別な方」と考えてはいただろうが、メシアであるとの確信は、まだ持っていなかったであろう。ペトロは、イエスの問いに答えようとしたとき、イエスがメシアであり、生ける神の子であることをはっきりとらえ、悟ったのである。
「とらえ」、「悟った」と言ったが、それはペトロが考え、考えして得た「結論」ではなかった。イエスが、「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」(マタイ 16章17節)と言われたのはそのためである。ペトロも他の使徒たちも、イエスの言われたこと、なさったことを経験するたびに、イエスが下さった「ヒント」をとおして、神とイエスとの深い結びつきを感じはじめていた。「こんな力は神さまからしかこないのでは？」と考えたに違いない。しかし、そのようなことだけでは「メシア、生ける神の子」の信仰に到達することはできない。その信仰は、天の父からペトロに現された。これは確かに恵みといっても、その「示し」、「光」、「啓示」は、それまでの十二人の考え、祈り、努力の積み重ねを通して働き、それを実らせ完成したのである。
それから、イエスは、ペトロの信仰とキリストの教会の関係について、大切なことを言われた。「あなたは、ペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(マタイ 16章18-20節)。
マタイ福音書ができたのは、紀元80年から90年ころであるから、そのころにはあちこちにキリスト教を信じる人びとの共同体・教会が存在していた。時代を考えると、ペトロ、パウロ両使徒は67年にローマで殉教している。当時の教会はあちこちで迫害を受けていた。普通の感覚でとらえれば、存立の危機に直面したこともあった。
教会を建物にたとえ、その基礎は、その名が「岩」を表すペトロの上に置くというのである。ペトロが告白した、イエスはメシアであるという信仰が、教会の軸、中心であり、その信仰を告白したペトロが土台であるというのも、分からぬことはない。しかし、一人の人間である。弱い人間ペトロである。しかし、建てる方は、「メシア、生ける神の子」である。イエスの奇跡のなかで、汚れた霊に取りつかれた人のいやしは、強い印象を与える。
「陰府の力も対抗できない」力をイエスは、ペトロとその後継者に与えられた。ペトロも十二使徒も、そして、その後継者であるローマ教皇も全世界の司教も、自分の力でやろうとするなら、とてもやっていけない。イエスから受ける力、地上だけでなく、天上にもおよぶ「天の国の鍵」によって教会は、弱さ、つまずき、汚れを超えて、今日まで二千年近く続いてきたのである。
信仰告白をして、イエスに幸いだと言われたペトロは思ったかも知れない。「イエスがメシアなのだ。これで秘密が分かったぞ」。そのように張り切ったかも知れないペトロと十二人に、イエスは、なぜか、ご自分がメシアであることをだれにもはなさないように、弟子たちに命じられた。