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山本神父入門講座

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39. イエスの裁判と死刑の判決

鞭打ちの聖堂
鞭打ちの聖堂

イスカリオテのユダの背信、一番弟子ペトロの三度の否み、十二使徒の二人から裏切られたイエスは孤独の夜を過ごした。アンナスの館の見張りたちは、イエスを侮辱したり暴行を加えたり、「目隠しをして、『お前を殴ったのはだれか。言い当ててみろ』と言ったりしていた(ルカ22章63-65節) 。

夜明けに最高法院が開かれた。最高法院はユダヤ教の律法に関する最高法廷であり、同時にローマ帝国支配下におけるユダヤ人の自治機関でもあった。大祭司が議長で71人の議員がいた。行政権と死刑判決を含む司法権を持っていたが、その執行にはローマ総督の最終認可が必要であった。

マタイとマルコは、最高法院では幾人かの偽証人から、イエスを死刑にするための証言を得ようとしたが失敗したと書いているが、ルカは要点だけをまとめている。「夜が明けると、民の長老会、祭司長たちや律法学者たちが集まった。そして、イエスを最高法院に連れ出して、『お前がメシアなら、そうだと言うがよい』と言った。イエスは言われた。『わたしが言っても、あなたたちは決して信じないだろう。わたしが尋ねても、決して答えないだろう。しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る。』そこで皆の者が、『では、お前は神の子か』と言うと、イエスは言われた『わたしがそうだとは、あなたがたが言っている。』人々は、『これでもまだ証言が必要だろうか。我々は本人の口から聞いたのだ』と言った」(ルカ22章66-71節)。

マタイの記述を読んでみよう。「大祭司は言った。『生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。』イエスは言われた。『それはあなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。』そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。『神を冒涜(ぼうとく)した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。どう思うか。』人々は、『死刑にすべきだ』と答えた」(マタイ 26章63-66節)。


メシアであるのかという質問に対して、イエスは、自分がメシアであることを否定しなかっただけでなく、ダニエル書7章13節(注1)と詩篇110.1(注2)節に言及して、やがて自分が神と並んで、神の権威の座に着くことを宣言された。もし、イエスが本当に神の子でなかったならば、これは明らかに、十戒の第一の掟、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(出エジプト記20章2-3節) に背く。人々が「死刑にすべきだ」とは無理ではない。

しかし、考えてみると、これは最大の悲劇である。大祭司はユダヤ教とユダヤ人を代表してメシアの到来を待ち、来られたらお迎えする立場にあった。それなのに、最高法院という公式の場で、誓いのもとに答えて宣言されたことを、その場で神に対する冒涜と断定し、死刑を宣告したのである。すでに見た洗礼者ヨハネのイエスに対する態度と比較して、あまりの違いにがく然とする。信仰をもってイエスを受け入れたヨハネ、自分の考えに会わないからとイエスの受け入れを拒否するごうがんな大祭司。イエスに対する信仰、不信仰の差である。

大祭司たちは、望みどおりに最高法院でイエスに死刑の判決をくだしたが、執行にはローマ総督ポンティオ・ピラトの認可が必要だった。そこで、イエスをピラトのもとに連れて行った。そして異教徒のローマ総督向けに用意した訴えを展開した。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。」それを聞いてピラトは、「お前がユダヤ人の王か」と尋ねた。イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と言われた。「あなたが言っているとおりです」と取るか、「それは、わたしではなく、あなたが言っていることです」と取るかによって肯定にも否定とれる微妙な答えである。その答えから、ピラトはイエスが無罪だと判断した。ヨハネが書いている、イエスとピラトのこの点に関するやり取りは、その背景を理解するために非常に参考になる。ヨハネ18章28-38節をぜひ一読されることをお勧めしたい。


ピラトは、ユダヤ人の律法がらみの訴訟は複雑で、下手をすると総督の命取りになることもよく知っていた。だから、なるべく簡単に、そして、総督の裁断ではなく大祭司たちが訴えを取り下げるかたちで処理しようとした。だからピラトは「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。すると祭司長たちと群衆は、「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです」と言い張った。

ガリラヤと聞いて、逃げ腰のピラトはイエスをガリラヤの王ヘロデのもとに送った。ヘロデは弟の妻ヘロディアと結婚し、そのことをいさめた洗礼者ヨハネを殺した王である。ヘロデはイエスに会い、奇跡を見たいと望んでいたから大いに喜び、いろいろと尋問したが、イエスは一言もお答えにならず、完全に黙殺された。ヘロデはイエスをなぶり物にし、「派手な衣を着せてピラトに送り返した。この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである」(ルカ23章1-12節 参照)。

ヘロデがイエスを送り返したあと、ピラトの立場はますます弱くなった。彼は祭司長たち、議員たち、民衆に言った。「わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。ヘロデとても同じであった。・・・この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。だから、鞭(むち)で懲らしめて釈放しよう。」しかし、人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。

ピラトはこの凶悪犯人とイエスを並べれば、彼らがイエスの釈放を求めるだろうと思ったのである。そのような不毛な試みを繰り返したが、「人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。そこで、ピラトは彼らの要求をいれる決定を下した。そして、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを要求どおりに釈放し、イエスの方は彼らに引き渡して、好きなようにさせた(ルカ23章13-25節参照)。


鞭打ちの聖堂内の天井
鞭打ちの聖堂内の天井

ピラトはイエスを救おうとした。しかし、救うことを決断しなかった。そのちゅうちょと逡(しゅん)巡の不決断が、反対の、イエスを救わない決断になってしまった。ちゅうちょなく、犠牲を惜しまず、イエスに従う決断がいつもできるように願いたい。

   ※ 注1:ダニエル書7章13節
      夜の幻をなお見ていると、
      見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り
      「日の老いたる者」の前に来て、
      そのもとに進み権威、威光、王権を受けた。

   ※ 注2:詩篇110.1
      わたしの右の座に就くがよい。
      わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。


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