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山本神父入門講座

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47. 新しい集団の成長

使徒たち
使徒たち

120→3000→5000。何の数だろう。イエスの昇天後、マリアと使徒たちと一緒に祈った人の数 (使徒言行録 1章15節)、聖霊降臨のときの受洗者数 (使徒言行録 2章41節)、神殿でのペトロとヨハネの説教を聞いて信じた男の数 (使徒言行録 4章1-4節)である。十二使徒を中心にした新しいグループは、このように力強く成長していった。あの小さなグループが、約10億2千万人の現在のカトリック教会になるのである。その成長の力はどこからくるのか。

使徒言行録は、聖霊降臨で受洗した最初の信者たちについて、「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」と書いているが、すぐに、「すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。」と書いている。「皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた」 (使徒言行録 2章42-47節)。 人々にどんな恐れが生じたのか。

十二使徒と信者たちは、他人に脅威を与えるような存在ではなかった。ユダヤ教徒たちの中に芽生えた小さなグループであった。彼らが「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り」、ユダヤ人と共に祈っていたことがそれを示している。


その神殿で思いがけない動きが始まった。「ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日『美しい門』という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、『わたしたちを見なさい』と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。『わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。』そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の『美しい門』のそばに座って施しを乞うていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた」 (使徒言行録 3章1-10節)。

驚いた民衆は、神殿境内の「ソロモンの回廊」に集まってきた。それを見てペトロは話しはじめた。「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光をお与えになりました。ところが、あなたがたはこのイエスを引き渡し、ピラトが釈放しようと決めていたのに、その面前でこの方を拒みました。聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦すように要求したのです。あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。わたしたちは、このことの証人です。

あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい」 (使徒言行録 3章11-19節) 。イエスの受難のとき、三度も主を否んだ憶病さをまったく感じさせない堂々とした説教である。人びとは心を打たれた。しかし、抵抗する動きもあった。


からしだね

「ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった」 (使徒言行録 4章1-4節) 。

ペトロとヨハネはイエスとおなじように、最高法院で取り調べを受けることになった。「次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして使徒たちを真ん中に立たせて、『お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか』と尋問した。ペトロは答えた。「あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。... ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」 (使徒言行録 4章5-12節)。

ペトロとヨハネの大胆な態度に最高法院は当惑した。二人を退場させて相談し、「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅しておこう」ということになった。そして、そのように申し渡した。ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」、こうして彼らは、さらに脅されてから釈放された (使徒言行録 4章13-22節) 。

釈放されたペトロとヨハネは、すぐに仲間のところへ行き、祭司長たちや長老の言ったことを報告した。「これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声を上げて言った。『主よ、あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です。... あなたの僕たちが思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください。』祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした」 (使徒言行録 4章23-31節)。

信者たちが体験した恐れは、恐怖の恐れではなかった。それは、隠れた神がおられることを示す恐れである。新しいグループは、からし種のように小さいものであった。けれどもそこには、神の栄光のうちにおられる主イエスが、確かに宿っておられることが感じられる。


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