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第170回 恵み –(2)
2 恵み –(2)
「恵み」についての2回目です。
私たちが洗礼を受けるときに、神が与えてくださる恵みを成聖の恩恵と言いますが、この恵みは、常住的な恵みであると言われています。それは、洗礼を受けた私たちが、神と共に生き、神への愛のために行動できるようにするために、私たちの霊魂を完成させる持続的で超自然的な性質のことです。
この成聖の恩恵は、常住の恩恵と助力の恩恵とに区別することができます。常住の恩恵とは、神の招きに従って生き、行動するために必要な恒常的な性質をさしています。それに対して、助力の恩恵とは、私たちが神に立ち返る回心の初めや、聖化の過程で、神が介入される恵みです。
しかし、すでにその前から、神は働き、私たちを導いておられるのです。恵みの観点から言えば、恵みを受け入れることができるように、その人を準備させてくださる、そのこと自身が、すでに恵みだということです。
こうして、神は、ご自分が人間に恵みを与え、信仰による義化、愛による聖化へと招き、その心を継続させ、私たちの内に完成してくださるのです。
このようにお話しますと、まるで、神さまだけがお働きになり、私たちは何もしなくていいように感じるかもしれませんが、そうではありません。私たちも、その神の働きに協力しなければなりません。神のお働きに比べると、ほんのわずかの協力にすぎないかもしれませんが、これを神は待っておられるのです。
神は、私たち人間に、自由に働きかけられます。この神の自由な働きかけに、人間の自由な応答が求められるのです。
それは、神が人間を創造されたとき、人間をご自分にかたどって造り、自由意志と、神を知り、神を愛する能力をお与えになったからなのです。
私たちの魂は、自由なしかたでなければ、愛の交わりに入ることができません。神は、私たち人間の内に、神だけが満たすことのできる真理と善への強い望みを植え付けられました。ですから、私たちは、「永遠のいのち」が与えられると約束されました。この約束こそが、あらゆる望みを超えて、この願望にこたえるものなのです。
私たちの魂は、自由なしかたでなければ、愛の交わりに入ることができません。神は、私たち人間の内に、神だけが満たすことのできる真理と善への強い望みを植え付けられました。ですから、私たちは、「永遠のいのち」が与えられると約束されました。この約束こそが、あらゆる望みを超えて、この願望にこたえるものなのです。