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 日本の黒い夏 -冤罪-

2001年3月

DARKNESS IN THE LIGHT

日本の黒い夏

  • 監督・脚本:熊井啓
  • 原作:平石耕一(『NEWS NEWS -テレビは何を伝えたか-』)
  • 音楽:松村禎三
  • 出演:中井貴一、寺尾聰、細川直美、石橋蓮司、北村有起哉、
       加藤隆之、遠野凪子
  • 製作・配給:日活株式会社
  • 後援:松本市、松本市教育委員会

2000年 日本映画 119分


今年2月、ベルリン国際映画祭事務局からベルリナーレ・カメラ(特別功労賞)を贈られた巨匠・熊井啓監督渾身の力作、骨太のエンターテイメント大作、社会派作品「日本の黒い夏 -冤罪- 」が、いよいよ公開です。

熊井監督は、「帝銀事件・死刑囚」「日本列島」「海と毒薬」「ひかりごけ」「深い河」「愛する」など、一貫して描いてきた「人間の原罪と愛」というテーマが、本作品でも、観る者に深く静かに問いかけてきます。

物語

1994年6月におきた松本サリン事件の被害者としてだけでなく、被疑者という疑惑をかけられたことにより、2重の苦しみを受けた河野義行さんについては、みなさんの記憶の中に、まだしっかりと残っていることでしょう。地下鉄サリン事件の発生によって、松本サリン事件の犯人がはっきりするまで、河野さんへの疑いは晴れませんでした。逮捕されるのは時間の問題だというところまでいっていたのです。

なぜ、このようなことがおきたのか……。

誤報を流したマスコミを取材しながら、経緯を明らかにしようと調査を始める放送部の高校生たち(遠野凪子、他)の目をとおして描いていきます。警察権力とマスコミ報道によって一人の善良な市民が窮地に追い込まれていくさま、心ない誹謗(ひぼう)中傷をあびせられる中、父の無実を信じて結束していく家族の絆(きずな)、警察の発表をうのみにせず、裏付けのために独自の捜査を行っていく番組製作スタッフたち(中井貴一、細川直美、北村有起哉、加藤隆之)……。高校生たちの疑問に、番組スタッフが当時を思い出して語っていくという手法で、冤罪への全容が明らかになっていきます。

「視聴率のため」という目的遂行の放送局の中で言えなかったことが、高校生たちのインタビューの真摯(しんし)なまなざしの前で、今だからこそ語ることができた放送局のスタッフたちの言葉から、だれもとめることのできなかったいきさつが明らかになったそのとき、地下鉄サリン事件の捜査過程で、松本サリン事件の自供があったとの知らせが入ります。

日本の黒い夏

いったい、この事件はなんだったのか。

終わりに、事件当夜の様子が再現されていきます。駐車場にワゴン車を止め、サリンを熱して気化させ、その白い煙を噴霧させる犯人たち。白い煙は風にのり、神部さん(寺尾聰)の家の庭の池の上をとおり、窓からアイロンをかけている奥さん(二木てるみ)を襲います。その風は、縁の下の通気口をとおって、裏庭にある犬小屋の犬たちを殺します。

また、アパートの壁をはい上がり、朝顔に水をやっている女性、明日の登山の準備をしている大学生、調べ物をしている裁判所の人の窓へとしのびよっていきます。

気分が悪くなり、けいれんを起こしはじめた奥さんを見て119番を回すと、神部さん自身も意識が遠のいていきます。最後の力をふりしぼって「自分たちが死んでもしっかり生きていくように」と息子に伝えます。

窓ガラスを割ってベランダから入る救急隊、担架で救急車に運ばれる被害者たち、集まってくる野次馬。カメラが追う場面を見ながら、いいようのない悲しみ悔しさ、犯人たちへの怒りがこみあげてきました。

 

私事ですが、郷里が長野県諏訪市で、妹家族が松本市郊外に住んでいたので、松本の事件をニュースを聞いたとき、心配して電話をかけたことを思い出しました。映画の中で、「窓をしめてねなさいよ」という神部さんの奥さんのセリフがあるのですが、諏訪や松本は夏でも夜は涼しく、窓を閉めて寝るのが通常です。しかし、事件のあったこの夜は蒸し暑く、窓を明けていた人が多くて被害が大きくなったと覚えています。

事件後のニュースでは、河野宅の池の魚の死骸や、草木が枯れていたこと、池の周辺から薬物が検出されたこと、さらに、納屋にいろいろな薬が置いてあったことなど、河野さんのことがさかんに報道されていたことも思い出してきました。私が見ていたこれらの報道の背景では、とんでもないことが起こっていたのですね。「日本の黒い夏」を見ながら、ニュースで流される情報をなんの疑いもなく受け取っていた自分自身を振り返っていました。

河野さんをこのような立場に追いやったのは、警察と警察の発表をうのみにして報道していたマスコミだけの責任ではありません。情報の受け手である私たち視聴者も、荷担していたのです。

いろいろな語りかけをしてくれる作品です。また、河野さん自身が語っているとおり、メディアリテラシーの教材としても、貴重な作品となることでしょう。

          *     *     *     *    *

初日、丸の内シャンゼリゼの第一回上映前に、熊井監督、中井貴一、細川直美、寺尾聰、北村有起哉、加藤隆之の舞台挨拶がありました。中井貴一や寺尾聰がマイクの前に進むと、客席の男性陣から「ゥオーッ!」と、かけ声がかかっていました。応援しているぞっていう感じで、いいですね。出演者たちは、みな言葉少なく「一生懸命演じました」、「とにかく見てください」という感じでした。

 ・中井貴一 : 重い内容ですが、そこにかかわる人間の心がテーマになっています。
 ・寺尾 聰 : 出演しながら、思うことがありました。
 ・細川直美 : 女性の繊細さ、力強さを出せたらいいなと思って演じました。
         撮影現場には、緊張感がありました。
 ・熊井監督 : 言いたいことは映画の中にすべて入っています。日本映画の優秀な
        スタッフと全力をあげて作りました。松本サリン事件がきれいに解
        決していたら、地下鉄サリン事件は起きなかったと思います。
        亡くなった大勢の方々、被害にあわれた方々にこの映画をささげま
         す。

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