お薦めシネマ
蝶の舌
2001年8月
LA LENGUA DE LAS MARIPOSAS
- 監督:ホセ・ルイス・クエルダ
- 原作:マニュエル・リバス(『蝶の舌』角川書店BOOK PLUS刊)
- 脚本:ラファエル・アスコナ
- 音楽:アレハンドロ・アメナバール
- 出演:フェルナンド・フェルナン・ゴメス、マニュエル・ロサノ
1999年 スペイン映画 1時間35分
- 1999年サン・セバスチャン国際映画祭正式出品
- 1999年スペイン・アカデミー<ゴヤ>賞脚色賞
素晴らしい子役が誕生しました。この映画の主人公、8歳のモンチョを演じているマヌエル・ロサノ君です。クエルダ監督が、スペイン、ガリシア地方の学校の2500人の少年たちの中から見つけた少年です。演技が自然で、複雑な心の動きを見事に表現しています。表情が豊かで、純粋でカワイイのです。特に、ラストシーンはすばらしいです。
さて、蝶に舌があることをご存知でしょうか? 蝶の舌は渦巻きのように巻かれています。通常は巻かれているので見えないのですが、花の蜜の匂いを嗅ぐと、蝶は巻いていた舌を伸ばして、花びらの奥にある蜜を吸うのです。この映画は深い意味をもった「蝶の舌」という言葉をとおして、 人間が成長していくために必要なさまざまなことを語る、意味深い作品になっています。
物語
1936年、スペイン、ガリシア地方の小さな村。8歳のモンチョ(マニュエル・ロサノ)は、明日が入学の日だ。しかし、兄のアンドレスから、学校で先生から叩かれたことがあると聞き、なかなか眠れない。
翌日、ぜん息の発作が起きたときに使う器具を手に、モンチョは母親に連れられて学校にやってきた。高齢の先生の名前はドン・グレゴリオ(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)。先生がモンチョを紹介しようとすると、先にクラスのみんなからはやし立てられてしまい、モンチョは名乗ることができない。さらに、緊張のあまりおしっこを漏らしてしまう。みんなに笑われたモンチョは恐ろしくなって学校を逃げ出し、森の中で一晩を過ごす。グレゴリオ先生が家までモンチョを迎えに来てくれた。「私は、子どもには絶対に手をあげない。」先生を信頼したモンチョは、再び学校に戻ることができた。
友達になった居酒屋の息子ロケとモンチョは、好奇心から牛追いのオリスと、寝たきりの母親を抱えるカルミーニャの逢い引きをのぞき見る。こうして、モンチョの人生の旅が始まった。
グレゴリオ先生は、学校の勉強より本質的な知識を教えてくれた。ジャガイモは新大陸原産だとか、ティロノリンコというオーストラリア産の鳥はメスに蘭の花を贈るとか、蝶の舌が渦巻き状である必要性など。土地の有力者が息子に特別目をかけてもらおうとして贈った鳥を受け取らない先生を見て、モンチョはグレゴリオ先生を尊敬するようになる。しかし、グレゴリオ先生は教会に行かず、神を信じていなかった。
モンチョの兄アンドレスは、サックスが大好きで毎晩練習するが、なかなか上手に吹けない。サックスの先生から「愛する女性を思いながら吹きなさい」と言われるが、思うようにいかない。モンチョも聞きながら、情けなくなってくる。しかしアンドレスは、地元の楽団“ブルー・オーケストラ”に入団することができた。
モンチョは、兄からカルミーニャが父の娘だと教えられる。カルミーニャの母親の葬儀を見たモンチョは、物思いにふけり森にたたずむ。そして、グレゴリオ先生に尋ねる。「人が死ぬといったいどうなるの?」先生は答える。「あの世に地獄はない。地獄は人間が作るものだ」と。
アンドレスの所属するブルー・オーケストラが外国で演奏することになった。モンチョも旗持ちで一緒に出発する。目的地の村で、一行は地元の家庭に世話になる。モンチョとアンドレスの宿泊する家には、話すことのできない若い中国人の女性がいた。彼女は小さいときオオカミに背中を噛まれ、それ以来声が出なくなったのだ。以前から中国の女性に憧れていたアンドレスは、一目で彼女が好きになる。 しかし、彼女は家主の妻だった。
翌日、ダンス会場でブルー・オーケストラの演奏が始まった。会場の隅には、あの中国人女性もやってきていた。彼女を見たアンドレスはいきなり立ち上がり、団員も驚くほどのすばらしい演奏を始める。アンドレスの思いを込めた演奏は彼女の心に届き、彼女の頬に涙が流れる。演奏を終え、一行は車で村を後にする。中国人女性は車を追いかけてきて、アンドレスに静かに手を振る。アンドレスの悲しい恋の終わりだった。
高齢のグレゴリオ先生が引退する日がやってきた。「ありがとう。自由に飛び立ちなさい」先生は少年たちにこう言って、教壇を離れていった。自由が奪われていく日が近づいていることを知っているかのようだ。モンチョは夏休みになったら、先生と一緒に森に行く約束をする。先生は、注文している顕微鏡が届いたら、一緒に蝶の舌を見ようと話し、冒険小説『宝島』と虫取り網をモンチョにプレゼントする。
大きな虫採り網を手に、モンチョは先生と森へ出かけた。蝶を捕まえた先生は、これから顕微鏡で舌を見に行こうと誘うが、モンチョは湖から聞こえてくる女の子たちの楽しそうな声に気を取られ、先生の声が聞こえない。湖で遊ぶ女の子たち中に、大好きなアウローラがいた。グレゴリオ先生は白い花をモンチョに手渡しながら言う。「ティロノリンコのようにしなさい。」モンチョが差し出す白い花を受け取りながら、アウローラはモンチョの頬に優しくキスしてくれた。
6月18日、新しい政治体制になり、共和派の取り締まりが始まった。モンチョの母は、共和派支持者だった父を守るため、共和派に関する物をすべて燃やし、父を教会へ連れていく。広場に集まった人々の前に、一人ひとり両手を縛られた共和派の人々が連れ出されてきた。
彼らを罵る声が飛び交う。「アテオ! (不信心者) アカ! 犯罪者!」母は、父にも叫ぶように促す。友達のロケの父親、ブルー・オーケストラの団員、そして最後には、グレゴリオ先生が連れ出される。「お前も叫びなさい」と母がモンチョを促す。先生をじっと見つめるモンチョ。モンチョは叫んだ。「アテオ! アカ!」車を追いかけ、石を投げながらモンチョは叫ぶ。「ティロノリンコ! 蝶の舌!」
スペイン内戦が始まろうとしていた。
切ない、切ない結末です。先生が連れていかれても、モンチョの先生への尊敬の思いは変わっていなかったでしょう。しかし、時代の束縛の中で、本当の心を伝えることができない。こんな小さな子どもでも、辛い選択をしなくてはいけないのです。
グレゴリオ先生が教えてくらた蝶の舌は、いろいろの場面で出てきます。中国人女性を思うアンドレスのサックスから流れでる旋律、モンチョがアウローラに差し出した白い花。そして、蝶のように自由に飛びなさいという、先生のお別れの言葉。これからも先生と一緒だったら、もっと大切なことを教えてくれたでしょうに……。じっくりと味わいたい作品です。