お薦めシネマ
折り梅
2002年4月
- 製作・脚本・監督:松井久子
- 原作:小菅もと子(『忘れても、しあわせ』日本評論社)
- 音楽:川崎真弘
- 出演:原田美枝子、吉行和子、トミーズ雅、加藤登紀子
2001年 日本映画 111分
松井久子初監督の前作「ユキエ」は、アメリカで暮らす、アルツハイマーにかかった日本人の妻と、アメリカ人の夫の愛を描いた作品で話題になりました。「ユキエ」は自主上映会の輪が広まり、この上映会の中から二作目の「折り梅」が生まれました。今回は、アルツハイマーになったおばあちゃんと介護する嫁という二人の女性の心の物語です。
「折り梅」は、とてもさわやかさが残る映画です。「アルツハイマーになったら、本人も家族も大変だ!」というのではなく、一緒に暮らす人が、あるいは自分がアルツハイマーになっても、あわてず、落ち込まず、うまくやっていけるのではなか……という思いを抱かせてくれました。
介護する嫁は、姑から辛くされることもたくさんあるのですが、自分を犠牲にして姑の看護を一手に引き受けて毎日を過ごすという被害者の姿ではなく、彼女の唯一の社会との接触点であるパートの仕事を続けながら、つまり自分自身というものをしっかり保ちながら介護をしていこうとします。 姑の世話を、介護ヘルパーや近所のボランティアの主婦に頼んだり、お寺で行われているデイケアを利用したりと、地域や団体など外部の協力を得てやっています。これからの介護のあり方でしょう。
ジャーナリスト、ドキュメンタリーの畑を踏んできた松井監督の作った自然体の描き方が、映画を見る者に親近感を与えているようです。
また、この映画のさわやかさは、嫁を演じる原田美枝子によるものも大きいように思いました。
物語
県営住宅で一人暮らしをしていた政子(吉行和子)は、三男の裕三(トミーズ雅)一家が住む一戸建て住宅にひきとられ、一緒に暮らすようになった。しかし、急激に環境が変わったためか、政子はアルツハイマーになってしまう。まだ使えるシーツを切って、たくさんの雑巾を縫ったり、ゴミ出しの場所を間違えて向かいの奥さんから叱られたり、パートに出かける嫁の巴(原田美枝子)が作ってくれたお弁当を床に放り出したり、ベットの下にお金を隠したことを忘れて巴を泥棒呼ばわりしたり……。子供たちは、「いつまでこんな生活が続くのか」と叫び出す。政子自身も何もすることがない日々を過ごしながら、バカになっていく自分に恐怖を感じていた。
裕三は、パートを止めるよう巴に勧めるが、巴は「自分を犠牲者みたいに思いたくない」と働き続ける。ある日、パート先の友人から聞いたグループホームを夫と訪れる。巴は、そのホームに政子を入れるつもりはないが、自分がダメになりそうなとき、グループホームがあると思うと助けられるのだった。
いつものようにパートに出かけようとお弁当を作っていた巴は、政子が自室にいないことに気づく。雨の中を探しつづける巴。政子は、ずぶぬれになって港にたたずんでいた。幼いころ過ごした浜辺を思い出していたのだった。この事件があって、巴は政子をグループホームに預ける決心をする。別れの夜、巴は政子と一緒の布団で寝る。政子をグループホームに連れていく途中、モンキーパークに立ち寄る。母猿に抱かれている小猿を見ながら、政子は母親のことを思い出す。働いている母と時々しか会えず淋しかったこと、里子に出され、お針子として銀座で働いたこと、夫が亡くなって後、必死で働いて子供4人を育てたことを話す。自分の生い立ちを、息子の裕三にも話したことはなかったと語る。懸命に生きてきた政子の人生の中に、同じ女性として、同じ母としての姿を見ることができた巴は、グループホーム行きを止める。
巴が心を決めると、夫や子供たちも、政子の世話や家事に協力してくれるようになった。
政子は、近くのお寺で行っているデイケアに通い始める。人と交わることが下手だった政子だが、しだいに他者とも楽しく関わっていくようになる。指導する中野先生(加藤登紀子)は言う。
「誰かに認められていると思えなければ、
あるがままでいいと受けとめてもらえなければ、
人はみな生きていけない。」
デイケアでのある日、日ごろ苦しく思っていることを分かち合う集いが、家族を招いて行われた。そこで巴は、政子の巴に対する感謝の言葉を聞く。「おかあさん、そんなふうに思ってくれていたんだ……。」裕三に報告しながら、巴の心には政子への愛が満ちていく。
デイケアで描き始めた政子の絵が、政子の才能を開花させ、賞を取るまでになる。巴は、政子と抱き合って喜ぶ。
今日も公園で、絵筆を執る政子と、そっと見守る巴の、二人の女性のおだやかな姿があった。
「あるがままを、認めてもらいたい。」
だれの心にもある思いです。人間とは、こういう存在なのです。病気や障害のあるなしに関わらず、人間は他者を受け入れられないとき、憎しみが生じ、人間関係をうまく持つことができません。この映画は、アルツハイマー患者と暮らす家族を取り上げていますが、人間としての基本的な関わりを教えているのかもしれません。そこに愛がなければ、人と人の関係は難しいのです。